赤ちゃんと大人と英語と
2016年2月24日 CATEGORY - 日本人と英語
今回も引き続き「英文法の疑問」について書きたいと思います。
本書の著者である大津由紀雄先生は、このブログで何回もお名前が出ている鳥飼玖美子先生と並んで、日本における数少ない信頼のおける英語学者です。
その大津先生が、本書を通して最終的に主張されていることが、「日本人の大人が赤ちゃんが母国語を身に付けるように英語を学ぶことはあり得ない」ということです。
かつて、このブログにおいて同様の 主張記事 を書いたことがあります。 私はこの記事で「赤ちゃんと同じように英語を学ぶべき」という考え方の問題点は、英語という習得対象自体が母国語と外国語とで異なるのに、全く同じ土俵で議論をしてしまっていることだと主張しました。
本書において、著者はこの点をもう少し詳しく説明してくれています。 すべての人間の赤ちゃんには、他の動物にはない母国語を無意識のうちに聴く中でその規則性を抽出して身に付けるという天賦の才能があり、この能力が赤ちゃんだけでなく、大人にも存在しているはずだという前提で考えるのが、「赤ちゃんと同じように英語を学ぶべき」とする主張です。
しかし、著者の主張は、大人には存在していないというものであり、これには、私もまったく同感です。
その理由は二つあります。
① 一旦、母国語を習得してしまうと、上記の能力そのものが極端に縮小するから。
② 「母国語を無意識のうちに聴く中でその規則性を抽出して身に付ける」ために必要なその聴く時間の量を大人が物理的に確保することが難しいから。
この二つの理由の合わせ技が「大人が外国語を赤ちゃんのように学ぶことを不可能」にしています。
結論的には、この不利な条件を乗り越えて大人が外国語を一定水準以上のレベルで身に付けるためには、先人の努力によって既に整理されたルールである文法を利用し、分析的に言葉を生成する訓練と、その力を身に付けた後は実際に利用してコミュニケーションをとる訓練を行うことしかありえないということになります。
このことが唯一の方法であり、まただからこそ最短の方法であるわけで、時折ブームとしてもてはやされるような「赤ちゃんと同じように英語を学ぶべき」的方法は、その唯一の方法から逃れようとする日本人の心の弱さの表れであると思います。
結局、唯一の方法から逃れているわけですから、その邪道に逃れてしまった人は確実に挫折の途へ落ち込んでしまうわけです。
この「方程式」を知っている著者が、本書のような本の出版も含め、少しでも多くの英語学習を始めた日本人の学生を唯一の方法からそれないようにさせようと努力をされていることに心から敬意を表したいと思います。