日本人と英語

なぜ日本の医学はドイツ語なのか

2025年10月19日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログでご紹介した「英語と明治維新」からテーマをいただいて書いてきましたが、第五回目のテーマは「医学と外国語の関係」です。

私のアメリカ留学時代における「困ったことランキング」のトップクラスに入るものに、「カルテ」や「アレルギー」そして「メス」などの医療用語が英語では通じなかったということがあります。

実はこれらの単語は英語ではなくドイツ語で、英語では「カルテ」は「medical record」、「アレルギー」は「allergy」、そして「メス」は「surgical knife」と言います。(広い意味では医療用語である「エネルギー」は「energy」も典型的ですよね)

ではどうして医療はドイツ語が優勢なのでしょうか。

本書には今に続く医療のドイツ語優位の理由が書かれていましたので以下該当部分を要約引用します。

「医学教育はどの言語で行うべきか。これは悩ましい問題だった。幕府の医学書では日本人蘭学者がオランダ医学を教授していたが、シーボルトが実はドイツ人だったように、医学書の多くはドイツ医学のオランダ語訳だった。だが、1869年に医学校が大学東(とう)校となったころには、イギリス公使館付の医師ウィリアム・ウィリスを教師としてイギリス医学を取り入れた。ウィリスは戊辰戦争で敵味方に関係なく治療し、ナイチンゲールバリの赤十字精神を日本に植え付けた。このようにイギリス医学は順風満帆かと思われたが、雲行きが変わる。明治政府の顧問だったアメリカ人のフルベッキの助言もあり、ドイツ医学が優秀であるとの認識が強まっていったのだ。同年にはドイツからミュルレルとホフマンが大学東校に教師として招かれた。これによって医学教育はイギリス流かドイツ流かで対立したが、最終的にドイツ流に転換した。これが東京大学医学部に引き継がれ、日本の医学の主流となった。(中略)ただし、第二次世界大戦後はアメリカ医学が世界をリードしたため、今日では医学の分野でも英語が主流になってきた。」

なるほど、それぞれのタイミングで最もその分野に優れた国の言葉で学ぶということ自体は全くもって合理的なことですが、やはりどうしても私がアメリカで体験した「不便さ」も同時に存在していることは事実です。

これについて、西洋医学の導入時の「教育言語」だけを理由にするのは私は少し違うと思っています。

というのも、私はかつて「続・カタカナ語への警鐘」という記事の中で次のような指摘をしました。

「英語の生態系の中で生きている単語を、勝手にその文脈から切り離して日本語化してしてしまうという日本語の『カタカナ英語』という習慣は、英語だけでなく日本語の生態系に対する大いなる『チャレンジ』でもあると思います。」

今回はこの冒頭の「英語」は「ドイツ語」に読み替えるべきですが、「教育言語」としてドイツを利用して医学を学んでいた当時の人々は間違いなく「ドイツ語文脈」の中でこれらの用語を使用していたはずで、そのこと自体に何の問題もありません。

ただ、それを一般的な日本語として受け入れる手段としての「カタカナ語化」によって日本語の生態系に対する大いなる「チャレンジ」が生じてしまったことがこの混乱の本当の理由だと思うのです。

いずれにしても、この問題が医療だけに限らずあらゆる分野において根深くマイナスな影響を及ぼしていることは間違いありません。

 

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