日本人と英語

日本語話者と英語話者では見えてるものが違う

2025年11月26日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログでご紹介した「 AI時代になぜ英語を学ぶのか」からテーマをいただいて書いていますが、第三回目のテーマは「言語と思考の関係」についてです。

前回の「言語ごとの世界の切り取り方」の記事で、英語と日本語における単語の意味の範囲の違いを具体的に見ましたが、今回はそれによって英語と日本語のそれぞれの母語話者の思考にどれほどの違いができるのかを実際に見てみます。

とは言っても、単語の意味の範囲の違いに着目してもその意味の差が反応の差になってしまいあまり面白くないので、ここでは名詞の意味の差ではなく、文法の仕組みの差に着目して解説されている部分を以下に引用します。

「私は大学の講義で学生たちに冒頭の写真を見せながら、what are they?という質問をするのですが、たいてい『オリオン座ってなんていうんだ?』などとごちゃごちゃ言いながら、Orion!とかthe constellation of Orion!などと答えます。私はすかさずNo, they are stars.と言います。すると、学生たちはまるで私に一杯食わされたとばかりに不満げな反応を示します。でも、私は決して学生たちを騙したりしていません。そのことを分かってもらうために、すかさず、同じ写真を示してWhat’s that?と聞くのです。するとさすがに今度はよく考えます。しばらくざわついた後、多くの場合は自信をもってIt’s Orion!とかthe constellation of Orion!と答えてくれます。もちろん今度は正解です。お気づきでしょうか。実はこの問題は単数と複数に関する問題だったのです。what are they?と聞かれているわけですから、学生たちはこの写真の中に複数写っているものをこたえなければなりませんでした。しかしながら、ほとんどの学生はオリオン座だと答えてしまうのです。もちろんオリオン座は一つしかありませんから不正解ということになります。」

つまり、日本語話者と英語話者ではみているものが違うということになります。

人間は自らが置かれた環境から受動的に情報を受け取っているわけではなく、環境の中に埋め込まれた情報を能動的選択をもって取りに行っていて、その選択の仕方を言語が決めているということがこのことから分かると言います。

そして、この母国語が決める選択の習慣は恐ろしく強く、その習慣を変えるのは非常に難しいのも事実です。

ですが、日本語を母国語とする私たち日本人が英語という異なる言語を学ぶことによって、新たな選択の可能性を知ることができ、それは複眼的に世界を見る知力を養うことにつながると著者は主張します。

事実、上記の学生は著者のNo, they are stars.の指摘だけで、何が問題なのかすぐに分かりました。

そんなことは、彼らが英語の単数・複数の概念を学んだ経験がなかったら絶対に不可能だったはずです。

これは、アベマプライムの議論の中(22:53)でパックンが最後に「AI時代にも英語の授業はなくしてはダメだ。なぜなら自分自身の脳内を変えるためのものだからだ」と主張されていたことと全く同じだと感じ、パックンの深い洞察力に改めて驚かされました。

 

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