「バカな」と「なるほど」
2014年10月15日 CATEGORY - 代表ブログ
皆さん、こんにちは。
今日はタイトルに挙げた「『バカな』と『なるほど』」という書籍をご紹介します。
以前のブログで一橋大学の楠木健教授の「ストーリーとしての経営戦略」という経営書としてはあまりにも有名な本を紹介しました。
楠木建教授については、何度も私のブログで最も尊敬する経営学者の一人としてご紹介させていただいています。
本書は、その教授が「戦略読書日記」という自らが今までに影響を受けた素晴らしい書籍を紹介する本の中で「僕の思考にある日突然、何の前振りもなく絶大な影響を与えた一冊」と絶賛されていたものです。
1988年発刊ですでに絶版になっていたのですが、楠木教授がこの本の中で取り上げたことから、この度復刊の運びとなりました。
事例などを修正せずそのまま復刊しているため、今では古臭く実際には競争に敗れてすたれてしまった戦略も多く見受けれられます。しかし、その点もまた何とも懐かしく、そして面白く感じられました。
もちろん、時代の流れとともにそれら個別の戦略に栄枯盛衰が訪れるのは当然のことです。ですから、各戦略それ自体に普遍性があるわけではありません。
普遍性は戦略がしっかりとした「基本」に基づいてその時代に立脚した上で形作られるところにあります。そして、その戦略立案の「基本」は、時代が変わっても決して揺らぐことがありません。
著者は、この「基本」は「バカな」と「なるほど」の2つの相矛盾する特徴を同時に持つことだと主張されています。
それはこういうことです。
「バカな」とは差別性のことを指します。そして、ここが面白いところですが、差別性には2種類あって尊敬性の差別と軽蔑性の差別があると言います。前者は、誰もが「すごい」と思ってくれるような差別性で、後者は、多くの人が「何をばかなことを」と一蹴するような差別性です。
ここでは、「バカな」というくらいですから当然、後者の差別性を指します。
そして、「なるほど」とは合理性もしくは論理性のことを指します。誰もが納得のいく理屈です。
こうして整理してみるとこの「基本」のむずかしさが良く分かります。そもそも、矛盾したものを統合して具体的な戦略として形作るわけですからむずかしいのは当然です。
具体例として楠木先生がまえがきで提示された比較的新しい事例を挙げてみます。
オーストラリアワインのイエローテイルという会社があります。
成熟しきった低成長の米国のワイン業界において「下級」ワインを供給してひとり高い成長率と利益率を上げています。
発売当初業界からは、「上質なブドウの良さを引き出さず、由緒あるワインづくりの精神を踏みにじるものだ」といわれ、非難、軽蔑されました。しかし、この会社は、多くのアメリカ人がワインの複雑すぎる味わいを敬遠していることに気が付き、イエローテイルをワインとしてではなく、ビールやカクテルなど友人たちと気軽に楽しめる飲み物として売り出し、大成功しました。
つまり、業界の誰もが「安物のワイン」として軽蔑する商品を主力として売り出し(「バカな」)、自分の狭いワインの分野にとじこまらないで、越境して他の分野の製品として扱うことで成長した(「なるほど」)というわけです。
「矛盾したものを統合して具体的な戦略として形作る」ことは、このように成功例を後から見れば、そう難しいことではないように見えますが、後から見るのと自ら形作るのではまったく別物です。
著者は、このことが「経営学者が経営者にはなれない理由」だと告白しています。
しかし、ここで以前楠木教授の仕事について取り上げたブログ記事「なんとなくを言語化する」で書いたことを思い出しました。
それは、経営学者が行うべきことは、「経営そのもの」ではなく、「個別具体的な経営にかかわる事象の背景にある「本質」を抽出して,誰もが理解できるように整理してあげることである。」ということです。
間違いなく、本書の著者はその仕事を全うされていると思います。
そして、その仕事によって、少しでもその「本質」に近づく機会を与えていただけるという恩恵にあずかれることに感謝したいと思います。
ともあれ、本当にいい本を全力で紹介して、それがきっかけで復刊され、また多くの人に読まれるようになる。こういうことって本当にいいことだなと思います。
私も、復刊されるほど影響力はなくとも、よい本をできるだけ多くの方に知っていただける書籍紹介をこれからもしていきたいと思います。