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外来語の功罪

2013年5月24日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

いま、フィリピンからの経由地、台湾の台北の空港の待ち時間でこのブログを書いています。

今回の旅の最大の目的であるSEACTテストの面接官の追加採用を無事終えることができました。

現在の二人体制から、もう一人増員(それに伴い、現地事務所代表のウィリアムは労務管理に専念することになります)です。

SEACTテストを受験される方の多くが、面接官の英語がとてもフィリピン人の英語だとは思えないといいます。

もちろん、フィリピンはフィリピノ語とともに英語が公用語となっており、日本に比べたら圧倒的に英語が上手です。

その理由は、すでに何度もご紹介していますので省略しますが、それでもやはりフィリピン独特の「発音」がどうしても気になる日本人は多いと思います。

SEACTテストは一般のオンライン英会話レッスンとは違い、あくまでもテストですので、発音とテスト遂行の能力については、大変な神経を使って吟味をしています。

ですから、採用のたびに実際に面接をして、日本人である私が実際にあってみて、採用の可否を決定しています。

今回も最高の人材を採用できたと思っています。

これから彼女に面接官養成研修を集中的に受講してもらい、完璧な形で面接官デビューをしてもらいます。是非、ご期待ください。

さて、ここからは今回の旅で感じたことを書いてみます。

外来語(借用語)についてです。

面接官のアンジェラと、現在試験を運営していて気がついたことがあるかをたずねたとき、日本人の発する英語の単語がどうしても何を意味しているのかが分からない時があるという話がありました。

よく聞いてみるとどうやら「外来語(日本語におけるカタカナ言葉)」を意味しているようで、「なるほどな」と思いました。

日本には、カタカナというとても「便利な」補助表記法があります。

これによって、何でもかんでも外国の言葉を簡単に輸入することができ、なおかつ同時にそれが「外来語」であることをほのめかすことができます。

でも、時々、変なアレンジをして日本語にしまうことがあります。

これが、いわゆる和製英語といわれるものです。

「パソコン」「テレビ」(省略)「ハンドル」(すり替え)

このことも、日本人を英語をコミュニケーションツールとして使用することから遠ざけるひとつの大きな要因になっているといえると思います。

つまり、私たち日本人は、せっかくすでに持っている外来語という英語を信用することができないのです。したがって、すでに持っている和製英語を一度消去して、新たに正しい英語をインプットしなおす必要があります。

しかし、英語を使用するときにどうしても一度頭に入ったものを完全にリセットすることができないので、時々うっかり出てしまうのです。これが、SEACTテストの最中に面接官を困らずことにつながります。

その点、中国語にはカタカナのような「便利な」ものはありません。

もっぱら正面から漢字で勝負です。

この点では、彼らは、非常にクリエイティブだと思います。完全に意味をとって言葉を作り上げています。

television=電視、computer=電脳、restaurant= 西洋餐庁 

ただ、意味をとるばかりではなく、時々音をとって漢字に当てはめるなどという面白いこともやっています。しかし、それらは固有名詞など非常に限定されています。

Manila=馬尼拉、coca-cola=可口可楽

基本的には、中国語のほうが自国語の優越意識が高いと思います。

ですから、英語を学んでいない人は、ほとんど英語の単語に人生において出会うことがないということになるのかもしれません。

例えば、日本人であれば英語の学習経験のまったくないお年寄りの方でも、日本語の「食堂」にあたる「レストラン」という英語の言葉があることを知っているでしょう。

しかし、中国人が日本語の「(車の)ハンドル」「(電気の)コンセント」のように、いったんリセットする必要がないということは非常に有利な点だと思うのです。

英語を学ぶときには、自国語に取り込んだ「カタカナ語」の発音や意味の違いに引っ張られることなく、素直に英語の語彙を正確な発音とともにインプットすることができるようになるということです。

これが、同じ漢字を使う国語を話す日本人と中国人でも、中国人の発音が英語っぽく聞こえる理由の一つであると思います。

韓国語については、私は情報をほとんど持っていないのでよく分かりませんが、しかし、韓国人の方が話す英語を聞いていると、日本人の癖と同じようなものを感じることがありますので、少なくとも発音に関しては同じことが言えるのかもしれません。

日本語と中国語にはこれ以外にももう一点面白いことがあります。

それは、日本の外国語の語彙吸収におけるカタカナ語文化は初めからではなかったという事実です。

冒頭の画像を見てください。

これらは、中国語に取り入れられた、言い換えれば逆輸入された日本語です。

そして、このほとんどが、明治になって日本が西洋の技術を取り入れるために文献を日本語に翻訳するときに日本人が「発明した」語彙だと思います。

日本人も実は中国語がやっているようなことをやっていたという事実です。

しかも、そのセンスがかなりいいものばかりです。だからこそ、中国もそれをそのまま逆輸入したのではないでしょうか。

話を元にもどします。

日本人が、言語を通じて自らにないものを取り込む方法として今までやってきたやり方を全否定することは、日本を現在の経済的地位に押し上げたという事実を否定することにつながります。

私自身もそのつもりはまったくありません。

ですが、ここまでグローバル化が進んでしまった現状を鑑みるに、取り込むという方法のほかに、英語を素直にそのまま受け入れる態度をとることができるかということが、このグローバル社会を前向きに生き抜く鍵ではないのかと強く感じました。