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イトイさんの教科書

2017年7月23日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

前々回、前回と糸井重里氏の「ほぼ日刊イトイ新聞」について書いてきましたが、彼がインターネットに初めて触れたのは、1997年ですから、世間一般的にも決して早いほうではありませんでした。

にもかかわらず、「触れた時間や空間を超越してアイデアや情報、人の思いを無限に広げることができる」というインターネットの性質を適切にとらえ、最終的に「ほぼ日刊イトイ新聞」という形にできたのには、イトイさんの教科書とでもいうべき一冊の本との出会いがあったからだといいます。

その本とは、梅棹忠夫氏の「情報の文明学」です。

糸井氏の著書「インターネット的」が「インターネット」の未来を見事に言い当て、「予言の書」とよばれ評価されていると書きましたが、本書はそれをはるかに上回る「予言の書」であり、糸井氏のインターネットとの付き合いに圧倒的な影響を与えたといいます。

世間一般的には、インターネットによる情報化社会の訪れを世界で最初に予見したのは、1980年にアルビントフラーが書いた「第三の波」という本だと考えられています。

この本では、第一の波は農業革命による農耕社会の到来で、第二の波は産業革命による工業化社会の到来として、当時まだPCなど全く一般化していない中で、第三の波として情報化社会が到来すると予測されています。

しかし、梅棹忠夫氏が「情報の文明学」の中心となる論文『情報産業論』を初めて世に問うたのは、1963年で、実にアルビン・トフラー『第三の波』よりも17年も早かったということになります。

本論文は、当時ようやく一般的になりつつあった「テレビ業界」の存在によって、情報化社会が到来を予測し、その本質について考察しています。

その中で特に、現在のインターネット時代の本質を無意識のうちにとらえているなと思った部分をご紹介します。(一部加筆修正)

「脳が働くためには情報が必要である。はじめは、単純に記号情報を『受容したい』と欲する状態となるが、それが進むと、記号情報だけでは満足しなくなり、体験情報、すなわち旅行や観光等によって直接得られる情報を受容したくなる。やがて、それでも満足しなくなり、自らが表現し、発信したくなる。」

これは、まさにインターネットが出現してから今に至るまでの状況そのもののように聞こえます。繰り返しますが、これが書かれた1963年といえば、まだ東京オリンピックの行われる前で、テレビがまだフロンティアを有していた時代ですから驚きました。

もちろん、この時には、著者の頭の中に「インターネット」という具体的なイメージはあるはずもないのですが、逆にその時新しい存在であった「テレビ」についての考察の中もそれを具体的にではなく、本質を抽象的にとらえることができていたからこのような表現ができていたのだと思います。

そこで、私も本書を読んで自分なりにこの情報産業の本質を考えてみました。

この1963年というテレビがまだフロンティアを有していた時代から、インターネットによっててそのテレビの存在が危機を迎える現在に至るまでを見通してみると、情報産業の本質は「人間の意識の争奪」ではないかと思います。

その証拠に、テレビの存在、そしてインターネット全盛の現在においても同時にラジオという前時代的なメディアが「しぶとく」存在しているという事実があります。

テレビやインターネットと違って、ラジオは「運転」や「作業」に手足がとられ、耳だけが自由となっている人間の「意識」を「しぶとく」ものにできるから、一定以上の存在意義を現敵的ではありながら確実に維持できているのだと思います。

ただ、テレビを「映像」の提供媒体、ラジオを「音声」の提供媒体と考えてしまうと、そのプラットフォームをインターネットに譲らざるを得ないという問題を抱えていることは否めません。

であれば、テレビ、ラジオという媒体ありきの考えではなく、著者が当時から私たちに示して見せたように、情報産業の本質をとらえての対応が必要であるということを改めて感じさせられます。