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「漫画」というメディア

2017年4月24日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

先日(2017年4月14日)放送のアナザースカイにて「テルマエロマエ」等で有名な漫画家ヤマザキマリさんが取り上げられていました。

ヤマザキマリさんのアナザースカイは現在居住されているイタリアではなく、フランスのパリです。

子供のころから「絵」に関する仕事に関わりたいと思っていたのに親にも教師にも「絵では食えない」と言われ、悩んでいた14歳の時、パリのルーブル美術館の歴史的な絵画に触れ、「絵で生きていく」決心が決まったと言います。

長じて彼女は人気「漫画家」となり、「絵で生きていく」ことに成功するわけです。

今回は、この番組に触発されたこともあり、「漫画」というメディアについて考えてみようと思いました。

私は読書が好きですが、「小説」については歴史ものを除きほとんど読まないということは以前のブログ記事でも書きましたが、その理由として、「小説(を含め物語)は、「感情」や「勢い」というものの表現も重要であるために、「映画」というより優れたメディアが発明された時点で、書籍は、受け手側に感動を与える力と言いう意味においては、最もよい形態の地位を映画に譲ったと考える」ことをあげました。

そうなると、漫画も純粋に「物語」を表現するメディアなのですから、同じように「映画」というより優れたメディアが発明された時点でそれを鑑賞をするモチベーションはなくなるはずです。

しかし、私は、「漫画」については、「小説」にいだくようなマイナスの感情はありません。むしろ、好きな方です。

なぜ「小説」はダメで、「漫画」はOKなのか、自分でも不思議になりいろいろ考えてみました。

その結果、二つの理由に行き当たりました。

一つは、漫画が「小説」と「映画」のハイブリッドであるということ。

つまり、漫画は、小説よりも絵がある分だけイメージ形成に自分のエネルギーを使わなくてよいという点と、逆に映画では、イメージ形成の必要が全くと言っていいほどなくなっているのに対して、漫画はその表現が「絵」に限定されているので、イメージを適度に膨らませていい具合に自分なりの受け取り方ができるという点の両方を有しているということです。

しかもその相反するメリットが、絶妙にバランスしていると思うのです。

二つ目は、映画には、製作にものすごくコストがかかるため、身近すぎる話題や逆に現実から離れすぎている物語については、映画化されにくいのに対して、漫画は漫画家個人が比較的気軽にチャレンジができるので、それぞれの読者がその心にヒットする物語に遭遇する可能性が相対的に高くなるということ。

つまり、映画と比べて参加者にとっての土俵が広いため、映画では取り上げられないようなマニアックだが自分には興味深いと思えるような作品がたくさんあるということです。

例えば、私は、「島耕作」シリーズの大ファンですが、このシリーズは、言ってみれば普通(島耕作は普通ではない魅力を持っていますが)のサラリーマンが会長になるまでを題材にしたものですので、映画化される可能性はそこまで高くないと思います。

また、仮にされたとしても、あの島耕作のパーソナリティは島耕作だけのものなので、演じる俳優のイメージを付けてほしくないと思う方は私だけではないでしょう。

かといって、あれを小説で表現されても、私としては読むモチベーションは高まらないと思います。

これは、漫画というメディアでなければ表現できない面白さだと言えるでしょう。

やはり、大規模なチームを組まなくてもできる個人の根源的な能力である「書く」ことと「描く」ことの組み合わせだけで、完結することができる「メディア」と「物語」の相性が絶妙だというのが答えになると思いました。