
続・時間の感覚
2026年4月1日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。
もう15年も前になりますが、「時間の感覚」という記事で、「地デジ導入」のニュースがあってから実際の導入までが「あっという間」に感じられたことを挙げて、
「小学生だったころ、一年は本当に長かった。一年一年、年をとっていくことがものすごく大きなことのように感じられ、大人になるということはずっと先のことのように感じられました。それが、中学生になり、高校生になり、大学、社会人と、毎年、毎年、加速度的にスピードが速く感じられるようになり、いつの間にか今の年になってしまっています。どの一年も、その一年前よりも長く感じられることはありません。」
という感想を書きました。
当時はその件について私の祖母の言葉を引用して、その感覚が祖母の年になるまで続いていくことに言及するにとどめていました。
その後、その件についていろいろ調べ、これが「ジャネーの法則」という、「ある時期における時間の心理的長さは年齢に反比例する。例えば、50歳の人の1年間の長さは人生の50分の1であるが、5歳の人間にとっては5分の1となる。」という科学的な研究結果として存在している内容であるということを知り、ブログ記事にしました。
ちなみに、これをグラフではなくこのように表で表すと余計に体感的にその加速度を理解することができます。

前置きが長くなりましたが、昨日(2026年3月31日)の読売新聞夕刊の「よみうり寸評」の記事にこの「時間の感覚」に関連するかもしれない内容が書かれていましたので、以下該当部分を引用します。
「英国の初代駐日公使オールコックは幕末の日本で、外国人を珍しがって集まる群衆が、仕事もそっちのけのように見えて驚いている。買い物でじっくり品定めする人々も、オールコックの目に<東洋人にとっては時間は決して高価なものではない>と映る。当時の人々とて忙しく働いたはずだが、時はゆったり流れていたようだ。時間の感覚は時代によって移ろうのだろう。」
この時、「ジャネーの法則」は単に「時間の心理的長さは【年齢】に反比例する」ということだとは言い切れないかもしれないと思ったのです。
それは、【年齢】が基準になる場合もあれば【文明の発展の度合い】が基準になる場合もありうるのではないかと。
つまり、一人の人間が経験を経て大人になるという過程においても、また、特定の民族が文明の影響を受けて文明的になっていく過程においても、どちらにしてもその主体が物事の理を理解すればするほど、時間が短く感じるということではないかと。
幕末に文明開化を果たした日本人は、現時点では世界で最もせわしなく、時間に対しては厳しい感覚を持ち、まただからこそ時間の心理的長さは短く感じているのかもしれません。









