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言葉が拒まれたときの対処法

2026年4月3日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

前回の「生きる言葉」の記事では、本書を読み始めるモチベーションとは全く関係ないところで、最初から思いがけない「大発見」をしてしまい、私の本職である「英語教育」関連の話に終始してしまいました。

というわけで、今回は「言葉の力=生きる力」と言うという本書の本来のテーマに戻って書きたいと思います。

私にとって最も印象的だったのは、「クソリプ(原文ママ)への対処の仕方」でした。

少々言葉がお下品なのですが、「クソリプ(糞なリプライ)」すなわち、SNSでの発信において、本来意図していない方向で受け取られ、極端な攻撃にさらされてしまったときに、どのような精神的姿勢でいれば無駄に傷ついたり消耗したりせずに済むのか(場合によっては切り返せばいいのかも含め)、「クソリプ」を8つの定型に分類しながら適切な対処を指南するものです。

以下に、「砂糖ってあまいんだよなぁ」という自分のSNS発信に対して想定されうるクソリプを8種類の類型ごとに順にみていくことにします。

①主語決めつけ型:「甘く思わない人もいる。国民の総意みたいに言わないでほしい。」

個人の感想であるつぶやきの主語をわざと大きくして、すべての人がそうではないのだから決めつけるな!という、まあ言いがかりだ。ただ、「甘く思わない人もいる。国民の総意みたいに言わないでほしい」という文は、一応理屈が通っているように見えるところがクセモノ。しかし、こちらはそもそも決めつけてなどいないので、この手の言いがかりへの魔除けとして「*個人の感想です」というような文言を予めつけている人もいて、なかなかよい。また、そもそもSNSへの発信は基本一人称なので、そう思っているのは私であることは明白であるため、その言葉はそっくりそのままお返しすればいいと思うべし。

②斜め上から型:「世の中には味覚を感じられない人もいるんだが??」

つまり配慮が足りないという非難である。が、逆にあなたは世界中の人に目配りできる神様何ですか?と言いたくなる。ただ、このクソリプにも若干学ぶところがある。巡り巡って味覚を感じられない人にも言葉が届く可能性があるのがネットの世界だからだ。発信する前に一呼吸おいて、想像力を働かせ、不快な気持ちになる人がいないかを点検する習慣自体は大切なことである。「砂糖って甘いんだよなあ」は取り下げる必要はないと思うが、これが「母親の読み聞かせっていいよな」だったら「母親の」を入れる必要はかならずしもないことに気づけるからだ。

③一概には言えない型(~かと。で終わる):「砂糖にも色々あり、人が感じる甘みは糖度だけでなく形状にもよる。一概には言えないかと。」

この世のほとんどすべてのことは、いろいろあって一概には言えない。つまり間違った指摘ではないものの、ただ当たり前のことを言っているに過ぎないクソリプだ。タチが悪いのは、糖度とか形状とかちょっと難しそうな語を織り交ぜて、もっともらしくしている点と、最後を言い切らずに「かと」で逃げ道を作っている点だ。コワザに惑わされず「当たり前体操でも踊っててください。」と心の中で反論して、そっとスルーするのが得策だ。

④自分語り型:「私は毎日砂糖を食べていますが、甘いと感じたことはないですよ。」

これは、感想や意見を言うと見せかけて結局は自分のことを語っているに過ぎない。しかし、ここでイライラに任せて「なんのお知らせ?だから何?私が甘いと感じたことに何かご不満でも?」などと返してはいけない。自分語りをしたい人は自分が大好きなので下手に刺激すると、自分を否定されたと勘違いして逆切れしたりするから、勝手に語らせておくのが良い。そして、これ以上語ってほしくない場合は、感じの良い相槌も避けるべきだ。

⑤クオリティ要求型:「砂糖が甘いというな塩がしょっぱいということにも言及すべき。」

この発言の根底にあるのは、善をなす人への反感や不信感のようなものだろう。善そのものは否定できないので、見落としているとか偏っているとかいう言い方で何とか貶めたいのだ。あるいは、自分はこういう問題にも気づいているというマウントが混ざっていたり、そもそもの思想が対立していたりもする。よりよいクオリティを相手に求めることで、相手を下げ何か言った気になるというクソリプである。問題を解決することが目的ではなく、相手をもっともらしく攻撃することが目的なので、その魂胆を見抜いて、自分を消耗させないようにしよう。

⑥家庭事情申告型:「私は昔から親に砂糖を禁じられていました。そういうことを言えるのが羨ましいです。」

これは④の自分語り型の派生形だが、頻繁にみられるものなので独立型として取り上げる。ただの自分語りよりも生い立ちや生育環境からくる訴えは、クソと断定するには忍びないという気持ちにさせられ、否定や無視がしづらいという点で厄介だ。しかし、その厄介さ故に自分語り型以上にそっとしておくのが良いと思われる。

⑦独り言型(う~ん、、、で始まる):「う~ん、、、砂糖が甘いというのは一理あるけれど、、、レモンが酸っぱいと思うのは私だけ??」

う~ん、というのは全否定ではないモノの、承服しかねるというニュアンスだ。そして、一理あるけれどなどと一応こちらを建てながら、何を言うのかとおもいきや、本当に毒にも薬にもならない独り言なので意地悪な気持ちや悪気はない。モノ申したいk分だけで中身のないことを言い、読む人の時間を奪い脱力させているという自覚を是非持っていただきたい。

⑧バカ:「甘いから何??いやなら食べなければいい。」

○○型とも名付けられず、ただ「バカ」と認定されているところに深い怒りと切り捨てる気持ちが感じられる。ある意味、クソリプオブクソリプ、クソリプの真打登場だろう。○○だからなに???という言い方はそのことを話題にしたり感想をもったりすること自体を否定している。いやなら、、、と言うが、いやなんて一言も言っていないのに否定しているから。もちろん、バカはスルーするのが一番だ。

いや~、これでもかというくらいに「クソリプ」のオンパレードでしたが、このように事前に分類・整理して頭に入れておけば、実際にそれを食らってしまったときのこちらの受け止め方が全然違うと実感できました。

本書の広告にあった「言葉の力が生きる力ともいえる時代に、日本語の足腰をどう鍛えるかを歌人ならではの視点で実体験を踏まえて考察する」という文句における、自らの攻めおよび受身両方の足腰トレーニングに役に立つ知恵を授けていただけたと思います。

 

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