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AIと共存する力と消費する力

2017年10月29日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

昨今、AIの進展によって今まで人間にしかできなかった仕事を機械がとってかわることになっていくことで、将来的に人間がやる仕事が非常に少なくなり、大部分の人間は仕事を失う時代が来るかもしれないということを本気で心配しなければならない雰囲気になってきているように思います。

先日(2017年10月13日)の日経電子版の記事にそのテーマを真正面からとらえ、かなり具体的な着地点にまで触れているすごい記事がありましたのでご紹介します。

タイトルは、「『AIと共存する力』を養う3つの学問とは? 」ということですが、それは「共存する力」すなわち、AI社会でも生産の側に回るスキルを身に付けられる学問領域に関することです。

記事では、それらは「コンピューターサイエンス」「経済学」「哲学」の三つだと言っています。

まず初めの「コンピューターサイエンス」については、そもそもAIがどういう仕組みで動いているかを知らなければならないので、当然かと思いましたが、後の二つについては、私は少し意外に感じました。

ですが、「経済学」と「哲学」は共に「問題を発見し解決の方向性を見出す力」に関係する学問です。

つまり、これらの学問はAIがいくら発達してとしても、人間の感情や生理現象に密接に関係している以上、対処不可能な領域ということになります。

これについてもなるほどなと思いましたが、私がこの記事で衝撃を受けたのはその点ではありませんでした。

記事がこれら三つを取り上げたのは、AI時代においてあくまでも、生産する側に身を置くための秘訣であって、それを身に付けられない大部分の人がどうなるのかというのが、多くの人の関心事のはずです。

この記事はそこにも触れているという意味で、私は「すごい」記事だと思ったのです。

そこで、「問題を発見し解決の方向性を見出す力」を持てない人は、生きていけないのかということですが、そうなると消費をする人が圧倒的に少なくなってしまうので、AIによって生み出された製品サービスは、使われることがなくなってしまうという訳の分からないことになります。

この問題に対しての本記事で提案されていた解決方法は、「ベーシックインカム」を導入することで、最低限の生活を保障することで、生産に関わることのできない人も一定水準以上の消費をすることができるようにすることです。

確かに、生産に関わることのできる側と関わることのできない側との貧富の差は高まることは事実ですが、AIによる圧倒的な生産性によって、最低水準が今よりもずっと高いところにとどまるのではないかということです。

ここで私が思ったのは、人間の本質は、突き詰めると「消費」することができるということではないかということです。

生産は、機械がやってくれますが、それらによって生み出された商品サービスを「消費」できるのは人間だけだからです。

もしかしたら、究極の「共産主義」の実現ってこのことなのかなと思ってしまいました。

ソ連や中国が共産主義を経済の仕組みとして取り入れた時代には、まだその実現に現実が追い付いていなかったので、見事に失敗したわけですが、AI時代にはその機がついに熟すのではないか。

「コンピューターサイエンス」や「経済学」に精通して、生産する側に身を置く少数の人々によって管理されるAIが、圧倒的に効率的な生産性を実現することで、農業、漁業、工業、サービス業におけるありとあらゆる製品サービスを作り出し、質的な差はあったとしても、生産する側に身を置く人の胃袋も、それを身に付けられない大部分の人の胃袋も簡単に満たしてしまうそんな理想郷が、人類の歴史上はじめて実現するのではないか。

もちろん、ここまではっきりと記事は書いていませんでしたが、私はそのように想像してしまいました。

ですが、同時に「優越感」「嫉妬」「劣等感」など複雑な精神の動きを伴う人間の感情は、胃袋の具合とはまた別の働きをすることも私たちは知っています。

このことを解決することができるのがまさに、三つ目の学問領域「哲学」ではないかと私は思います。