母語と第二言語のトレードオフ
2017年2月17日 CATEGORY - 日本人と英語
前回に引き続いて、「英語学習は早いほど良いのか」の中から、テーマをいただきます。今回のテーマは、「母語と第二言語のトレードオフ」です。
第二言語の習得に関して、その習得開始時期の早い遅いがその習得結果にどのような影響を与えるかという問題とからめて、すでになされている研究結果を踏まえてご紹介したいと思います。
一般的に、子供は外国語の発音を身に付けるのが大人よりも優れていそうだと言われます。私は、幼児英語教育を支持しない人間ですが、この音声面に関しては習得開始時期が早い程有利であることは、同じように感じています。
本書で紹介されている多くの研究もそれを支持しているようです。
それらの研究によると、これは年齢が上がれば母語の音に大量に触れることになり、母語の音韻システムをより強固に確立するからだそうです。
逆に言えば、母語の音韻システムが確立していない幼い段階では、その分、第二言語の音に合わせられやすいということでしょう。
その意味では、母語と第二言語とは少なくとも、音声の面においてはトレードオフの関係であると言えそうです。
それでは次に「文法・語彙能力」について見てみます。
アメリカに渡った日本人をその渡った時の年齢が8歳以下のグループと9歳から11歳のグループに分け、在米期間が3年を超えたとき、彼らの文法・語彙における日本語力と英語力がどのような状態なのかを調べた研究があります。
それによると、在米期間が3年を超えた時点で8歳以下のグループは、多くの場合で、日本語より英語の能力のほうが強くなるが、9歳から11歳のグループでは、多くの場合で、その両方の言語で学年相当の能力を維持していることが分かったそうです。
このことはつまり、音声面の能力とは異なり、文法・語彙能力には、学校教育や読書習慣など、「臨界期説」が前提としている脳科学的な要因以外の要因が大きな影響を及ぼしていると考えられるわけです。
具体的には、9歳から11歳くらいになると母語での読み書きの基礎が確立しているため、第二言語環境におかれても、母語による読書の習慣などが維持されやすいことで、母語の語彙も増やしていけているのではないかということが予想されるということです。
このように、音声面では母語と第二言語とはトレードオフの関係と言えるけれども、文法・語彙面においては、むしろ母語と第二言語が相乗効果をもたらす関係にあるとの結果が出ていると言えます。
この研究結果は、従来から私が体感的に感じていたことを、そのまま理論的にサポートしてくれました。
その上で、私は、「英語学習は早いほど良い」ということを短絡的・盲目的に信じてしまっている世の中の多くの親御様に重ねて次のことを訴えたいと思います。
わが子を完全なるアメリカ人にしたいのか、それとも日本語に思考の基礎を置いた上で英語もできる人間に育てたいのかということを自問してください。
つまり、これはあなた方の親としての「覚悟」の問題となります。
音声面についていえば言えば、科学的にも「英語学習は早いほど良い」という結果が出ています。ですが、それを理由にその選択をするということは、日本語を忘れてしまうくらいに英語の環境で育てるということです。
つまり、日本人であることをやめ、アメリカ人にすることを覚悟することです。
私の感覚ですと、「英語学習は早いほど良い」ということを信じている親御さんでそこまでの覚悟を持っている人はほとんどいないはずです。
多くの方が、日本語に思考の基礎を置いた上で英語もできる人間に育てたいと思っていると考えます。
ならば、日本語でしっかりとした思考の基礎を固めた上で、多少発音に日本語っぽさが残ったとしても、十分に英語を使って仕事ができる人材に育てることを目標にすることでよいのではないですか。
ここは、しっかりと冷静になって考えてほしいことです。