日本人と英語

母語の意識化が外国語学習を助ける

2018年6月13日 CATEGORY - 日本人と英語

前回まで三回にわたって「英語だけの外国語教育は失敗する」よりいくつかテーマをいただいて書いてきましたが、最終回の今回は、大津由紀雄先生による「外国学習における母語の意識化」についてです。

私が常々思っていることですが、日本人であれば日本語、すなわち国語ができるということはその他すべての教科ができることと一緒です。

このことは、特に言語学習においては確信の域にまで達しています。

なぜなら、国語ができるということはその人が母語を「意識化」、すなわち「思考の基盤」として利用できているということだからです。

著者はこのことの重要性を次のように指摘されています。

「複言語主義に基づく言語教育にとって重要なのは、発話や理解の過程で母語の知識をどのように利用しているのかを意識化させることです。もちろん、すべてを意識化させることはできませんが、可能な限り意識化させるということです。」

これが難しいのは、母語があまりにも自然に身についてしまっているものなので「直感」が効いてしまっているからです。

これを敢えて「意識化」する。これこそが、国語という教科に求められていることなのだと思います。

そして、その結果獲得した「意識化」を外国語学習や他の教科の学習に利用すべきだということです。

母語は最初から無意識に使っているけれど、外国語を最初から同じように無意識に使うことはできません。ですが、無意識に使っている母語を敢えて「意識化」することは可能です。

そうやって、敢えて意識化した母語の構造化を利用して、外国語を意識的に学ぶことの有効性を著者は訴えているのです。

つまり、著者は学習の「順序」を間違えてはいけないということを指摘しているのです。

「外国語学習の初期段階においては学習が意識的に行われることになります。その段階から徐々に『自動化』と言われる状態に変化させていく。つまり、最初は意識的に文を組み立てていた、あるいは文を運用していた状態から、母語の場合と同じように無意識的に行うことができる状態までもっていく。その時には一定の訓練が必要ですから、そのために英語の授業は英語で行う、というのは十分に納得がいくことです。けれども、特に学習初期段階も含めて英語の授業をすべて英語で行うというのは本末転倒も甚だしく、注意しなくてはなりません。」

ランゲッジ・ヴィレッジが、理想の英語学習フローだとしている、「文法講座」から「国内留学」への流れはまさにこのことを実践したものです。

この2ステップをいかに学習に組み込むかということを真剣に考えなければなりません。

問題の本質はこの最初のステップから二つ目のステップにつながらないことだというのに、いくらやっても身につかないのは、早い段階で英語に触れさせないからだという間違った理由をもとに小学校英語にその解決を求めてしまったのが昨今の英語教育の実態です。

そうではなく、小学校では「無意識に使っている母語を敢えて『意識化』すること」を徹底すること、そして中学校では「敢えて意識化した母語の構造化を利用して、外国語を意識的に学ぶ」ことでしっかりとした基盤を身に付けさせる。

そうして、高校で初めて、必要とあれば「その段階から徐々に『自動化』と言われる状態に変化させること」を目指すべきなのです。