日本人と英語

資生堂も英語公用語化へ

2017年2月24日 CATEGORY - 日本人と英語

2017年2月20日の日経新聞電子版に「資生堂が2018年10月をメドに本社部門の公用語を英語にする」との記事が出ました。

日本企業においては、日本の国内における会議などまで使用言語を英語にすることを視野に入れ、本格導入を図るのは日産、楽天、ファーストリテーリングなど、まだ数は多くありません。

そのような中で、早速この記事に対する賛否両論が上がっています。

批判的な意見の多くは、「日本人同士での会議などに英語を用いるなんて非効率でバカバカしい」というものです。

ですが、私の見解としては、この論争には決着がついていると考えています。

それは、以前に楽天の英語公用語化についての ブログ記事 にも書きましたが、これはローカル企業として生きていくのか、それともグローバル企業として生きていくのかというビジョンの違い、すなわち「国内では日本語にした方が効率が良い」という部分最適を全体効率が上回るかどうかという視点の問題だということです。

重要だと思うので、当時の記事からその部分を抜き出します。

「実は、楽天に関しては、あの「英語公用語化」宣言ばかりが取り上げられてしまっていましたが、併せて次のような数値目標も掲げていたのです。「将来的な目標として27か国に進出し、取扱高海外比率を70%にまでもっていく」先述しましたが、当時楽天の海外取扱高比率は、たったの1%でした。したがって、誰もが大法螺を吹いているのだとでも思ってしまっていたのかもしれません。つまり、楽天は当初から、グローバル企業となるという明確なビジョンを掲げていたということです。ですから、そのビジョンの前では日本人同士の意思の疎通のデメリットなど、必要最低限の想定しきったものでしかなかったということだと思います。そして、実際にデータを調べましたら2012年10月の段階で、世界13か国で展開し、海外取扱比率は7%ということになっています。2012年のデータですからおそらく現在はもう少し上回っていると思います。」

ちなみに、2015年12月期の海外売上比率は約20%となっており、具体的な目標としては2020年度に50%とすることを掲げています。

現在、楽天はこの「2020年度に海外売上比率50%」という目標達成には非常に苦戦しているという報道が目立ちますが、あくまでもグローバル企業となるという明確なビジョンは掲げ続けているわけで、この英語社内公用語化という施策については、目標達成のためには当然必要となるものだと考えられます。

実は私は、この「日本人同士で英語で話すことはバカバカしいか」という議論について、一つ大きな気付きをいただいた経験があります。

それは、私が卒業した中学高校を運営するキリスト教教育修士会の中でのことです。

この組織はカナダのケベック州に本部を置き、世界中に展開をしているのですが、実はランゲッジ・ヴィレッジが一般社団法人日本実用外国語研究所と共同で運営するSEACTテストの試験官を確保するために、彼らにお願いをしてフィリピンの彼らの拠点である修道院に滞在させてもらったことがあります。

彼らの故郷カナダのケベック州における母国語は、英語ではなくフランス語です。

ですから、彼らの英語は決して上手ではありません。特に発音に関しては、強いフランス語なまりが目立ちます。

ひょっとしたら、私の英語の発音を重視しない姿勢は彼らに中学高校時代英語を教わったことが影響しているのかもしれません。(笑)

それにもかかわらず、修道院の中では、お互い母国語であるフランス語ではなく、英語を日常会話のレベルでも使用しているのです。(私が中学高校時代には、彼らは私たち日本人の生徒とは日本語でコミュニケーションをとっていたので、その時点では気が付きませんでした。)

よく考えたら、キリスト教の布教に関わる修道会などは、グローバル組織として老舗中の老舗と言えるものです。

ですから、当然のこととして、数百年も前から彼らのビジョンは、「グローバル展開」なのです。

そのため、彼らもそのキリスト教のグローバル化という目標達成のためには、自らの母国語ではなく、英語を普段から使用することはまさに当たり前のことだと考えているわけです。

確かに、フィリピンの修道院で日常会話にもフランス語なまりの強い英語を使っている様子には、かなりの「ぎこちなさ」を感じます。

しかし、そのような英語でも意思の疎通は十分にとれていることもまた事実です。

そして、私のような外国人が突然その会話の中に入っても、当たり前のように非常にスムーズに意思の疎通が図れるのです。

楽天の考え方を聞いた時、この修道会の謎が一瞬にして解けたような気がしたのでした。

今回の資生堂もおそらくそこまで考えての「英語公用語化」なのだと思います。