日本人と英語

前置詞 to の「方向」と「到達」の意味について

2025年7月20日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログでご紹介した「英文法は語源から学べ #351」からテーマをいただいて書いていますが、第四回目のテーマは「前置詞 to」です。

私が主宰する「英文法の虎ノ穴講座」においては、前置詞の中でも「in」と「on」と「at」を「三大前置詞」としてその重要性を確認しつつ、その正確なイメージを含めきちんと習得してもらっています。

その三大前置詞に次ぐ重要なものとして「to」が上がってくると思います。

とは言え、この「to」についてはすでに「なぜ『行ったことがある』は『I have been to』なのか」「前置詞toの意外なイメージ」という記事を書いて、最も一般的な「方向」の意味以外に「到達」の意味があることを確認しています。

ただ、この二つのうちの「到達」については、私が辞書の中で見つけた「到達」という項目の存在だけを取り上げて、自分自身を納得させたという個人的な体験に基づくものに過ぎなかったので、いつかこれを学術的に説明している書籍を見つけたいと思っていました。

本書にはこれまたほんの少しですがこの「到達」に関する記述がありましたので以下に該当部分を引用します。

「toはもともと矢印の『方向性』の意味で使用されていました。そこから前置詞toの『到達』につながりました。ですから、矢印の方向性の中心イメージは到達を含意するのです。I went to Shinjuku yesterday.は、『実際新宿に行ってきた』=『新宿に到達した』ということです。get to『∼に到達する』なども同様です。前置詞toは、矢印が伸びた先に意識のある表現です。」

「えっ!」と思わずにはいられませんでした。

というのも、私は今まで、例えばI went to Shinjuku.は過去形だからtoは結果的に「到達」の意味を含むだけであって、I go to Shinjuku.という表現のtoにはその到達に関してはどちらとも言及していない表現だと捉え、前置詞toの中心イメージはあくまでも「方向」であって、「到達」は二次的な意味合いにとどまるという理解をしていました。

だからこそ、辞書を調べても、真っ先に「方向」が出て来て、「到達」は下の方に申し訳け程度に書かれているのだとも。

そこで、改めて手元にある二つの辞書を調べると、

ウィズダム英和辞典では、1.『方向』∼の方へ(向かって)2.『方角』∼の方に(あって)の副次的な意味として【到達点】3.『運動』~に達するまで

ジーニアス英和辞典では、1.『方向』∼の方へ、∼に向かって2.『到達』~へ、~に、~まで

という具合にやはりあくまでも第一位の意味としては「方向」ということになっています。

ただし、「到達」の意味も確かに第二位ではありますが、それでも高順位であります。

そこでこの二つの辞書を改めて注意深く読み込んでみました。

すると、ウィズダムでは類義語としてのtowardとの対比説明において次のように書かれていました。

「toは通例そこに到着することまで意味するが、towardはより意味が弱くその方向に向かうことのみを示して目的地に着いたかどうかはあいまい。」

一方、ジーニアスでも、

「He ran to(toward)(for) the door.彼はドアのところへ走っていった。toは方向の意に加えてドアに到達したことを暗示する。towardは方向、『ドアに向かって』、forは目的『ドアをめがけて』となる。」

とありました。

一番上にないからと言って中心イメージではないという判断は、これらすべてを読めば、そうそうでき得るものではありません。

英語を飯のタネにする身でありながら、本書での指摘をきっかけにようやく辞書を注意深く読み込んだ結果、このような反省をさせられるなど本当に恥ずかしい限りです。

冒頭の画像のイメージを心に刻みたいと思います。

 

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