日本人と英語

助動詞は話し手の主観を動詞に宿す

2025年7月18日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログでご紹介した「英文法は語源から学べ #351」からテーマをいただいて書いていきますが、第一回目のテーマは「(法)助動詞」です。

本書における「助動詞」に関する最大の主張はもともとは「話者の主観」に関わるただの動詞が、「助動詞」という文法として独立していったものだというものです(とはいえ本書には元々の動詞についての言及はありませんでしたので、ご興味のある方はこちらの「助動詞はもともと動詞だった?」の記事をご参照ください)。

以下に本書の該当部分の内容をまとめます。

助動詞は『~かもしれない』『~だろう』『~すべきだ』など『話者の主観』なので、頭の中の気持ちを表現します。

助動詞の種類によって意味の強さは変わるものの、主観的な意味合いを帯びるという点が共通している一方で、助動詞を使わない表現は客観的な意味合いを帯びることが多いです。

例えば、

①She is Yumi.は「彼女はユミだ。」

②She may be Yumi.「彼女はユミかもしれない。」

③She must be Yumi.「彼女はユミに違いない。」

①は、明らかに客観的な事実を描写しているのに対して、②③は、発話した人の主観的な気持ちを描写しています。「かもしれない。」「に違いない。」と確信の度合いこそ違うものの、すべて発話時点での頭の中の気持ちで、客観的な現実とは異なるかもしれないという「可能性」を含んでいます。

要するに、助動詞は頭の中の気持ちである「話者の主観」を表現する文法カテゴリーです。

そして、この「話者の主観」の種類として系統が二つあります。

一つは「推量」です。

can:~でありうる

may:~かもしれない

will:~だろう

*これは未来の推量ともうひとつ現在の推量、すなわち(玄関のベルが鳴った時の)That will be the delivery driver.のように「いまドアの向こうにいるのは配達員だろう」と現在の意味で使用する場合もあります。

should:~のはずだ

must:∼に違いない

 

そしてもう一つは「可能/許可/義務」です。

can:~できる

may:~してもよい

should:~すべき

must:∼にしなければならない

ここで、この三つを一つの系統にまとめてしまっていることに違和感を感じるのは私だけではないと思います。

それについては、本書では以下のような説明を加えてくれています。

「可能や許可が圧力を増せば義務につながる点に注目です。これらは同じ延長線上にある感覚だからです。例えば、会社での会議中、部下が『体調が悪くて・・・』と申し出てきたとしましょう。あなたは『帰っていいよ』と返答をします。この場合は『可能』や『許可』です。一方、部下が会議に対してやる気を示さない場合にその部下に対し、『帰ってもいいよ』と発することもあるかと思いますが、この場合は『帰らなければいけない』という意味合いで、強い圧力を感じさせる表現です。このように『可能/許可/義務』は連続しているのです。」

人間の気持ちはそもそも連続していて、グラデーションのようになっているものだという理解は非常に分かりやすいものでした。

ということは、これら「助動詞」の選択、使い方次第では誤解が生じることが十分にあるということを理解した上で使用すべきものだということだと改めて理解することができました。

 

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