日本人と英語

AI時代の英語教育はどうなっていくのか

2025年11月27日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログでご紹介した「 AI時代になぜ英語を学ぶのか」からテーマをいただいて書いてきましたが、第六回目の今回で最終回となります。

最終回のテーマはそのものズバリ、「AI時代の英語教育はどうなっていくか」についてです。

前回までの記事にて、AIの発展によって少なくとも言語の「コミュニケーション的側面」に関しては、(心と心を通させるディープなコミュニケーションについては当然ですが別として)、外国語教育に時間を費やす必要がなくなり、それによって節約された時間をそれ以外の分野の学習に使えたり、今まで外国語学習にかける負担を理由に「異文化理解」を諦めていたはずの人々がその機会を得られるようになるという人類全体としては理想的な世界になるという著者の主張を見てきました。

つまり、人類が長い間課題としてきた言語が持つ多様性と統一性のジレンマが遂に解消される時代がAI時代だという主旨です。

ただし、著者の主張はそれはあくまでも言語の「コミュニケーション的側面」に関してのみであって、「教養的側面」に関しては、これからも学校教育における英語教育は継続していくべきだと主張されていました。

今回は、その著者の主張の根拠について見ていきたいと思います。

以下、その該当部分を要約引用します。

「日本の学校教育では様々な教科が教えられています。その中で英語ばかり教科の評価基準に『使えるかどうか』が入れられています。他の教科はほとんど問われていないのに。それでも、これまで英語に関してのみ『使えるようにしてほしい』という要求が強かったのは、国際化、グローバル化の中で、英語でのコミュニケーション能力が社会を有利に生き抜く重要なスキルだったからです。ところが、何度も強調しているように、そのスキルがAIに代替される可能性が出てきたのです。そうなれば、他の教科と同列に英語教育独自の理念で『英語科』という科目を再構築したらいいのです。今後も英語は他の科目と同じように学習する価値はあります。それが、日本人の教養にとって不可欠だからです。その意味では、AI翻訳の登場は英語という科目が持つ本来の学習意義が見直されるチャンスかもしれません。音楽という教科を学んだからと言って誰でも音楽家になるわけではありません。それでも、その中から音楽家を志す子供が出て来て、実際に音楽を生業とする人が出てくるかもしれません。これと同じことです。英語という科目を学んだからと言って誰でもが英語を生業とするようになるわけではありません。それでも、その中から英語学習に本気で打ち込み将来英語を武器に世界で活躍する人が出てくるかもしれません。それが学校教育の本来の姿でしょう。」

最後の

「それでも、その中から英語学習に本気で打ち込み将来英語を武器に世界で活躍する人が出てくるかもしれません。」

という著者の言葉によって、英語教育に携わる者としてどのような目標を定めるべきかが明確になりました。

それは、「英語学習に本気で打ち込み将来英語を武器に世界で活躍する」という目的を持った一部の人たちにとって必要不可欠な存在であり続けることです。

著者のその言葉は、その責任は学校教育ではなく私たちランゲッジ・ヴィレッジが担わなくてはならないものなのだといくことをはっきり自覚させてくれました。

 

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