マーケティングをやらない会社
2016年6月8日 CATEGORY - 代表ブログ
皆さん、こんにちは。
先日、数年に一度のレベルで感動する講演を聞きました。
それは、自然に近い風を発生させる35000円の扇風機や中はモチモチだけど表面が黒焦げにならずにパリパリに焼ける25000円のトースターで有名な家電業界の革命児、バルミューダ株式会社の寺尾玄社長の講演です。
まず、冒頭で寺尾氏は、現在のマーケティング全盛のグローバル経済の中で、「マーケティングをやらない大会社」に分類されるであろう会社を三つ上げられました。
アップル、パタゴニア、ヴァージングループの三つです。
これらは、この世の中の大会社と呼ばれる企業が当たり前のようにやっているマーケティング、すなわち、世の中の人々が何を欲しがっているかを事前に調査して、その結果に合わせて製品を製造、流通させるという方法をとらず、誤解を恐れずに言えば、自分の作りたいものを作って、それが出来上がった後で、これをどう売ろうかと考える会社です。
そして、そんな常識から外れた手法をとっているにもかかわらず、これらの企業が実に素晴らしい結果を残しています。
どちらが正しいのでしょうか?
世の中のニーズ、すなわち最大公約数的な欲求を突き止めて、それを極力安く生産し、多くの人の手に取りやすいような流通を考える前者と、世の中のニーズではなく、自分がこんなものがあったらいいなと思うモノを勝手に作って、世の中にどうだこれ?といった感じで提示する後者。
普通に考えたら、前者の方が正しいと思うのは当たり前ですが、昨今の状況を見てみると、前者は苦しみ、後者は好調というケースが目立ちます。
寺尾氏は、この理由を次のように鮮やかに解説されました。
先進国では、誰もが最低限必要なモノは既に持っている。扇風機がない家庭も、トースターがない家庭も、テレビがない家庭も、もはやほとんど存在しない。だからあるのは、何年かに一度の買い替え需要のみ。かつての、どこのうちにも扇風機もトースターもテレビもなく、所得が徐々に上がって、次から次へと買いたくなっていった時代とは比べ物にならない位、需要は存在しない。だから、今の社会でモノが売れないなんてあたりまえのことで、それでも売ろうとしたら、あとは価格を下げることで買い替え需要を取り込むしかない。そうなると、苦しくなるに決まっている。
そんな時代に、人類が共通して欲しているものは何か?それは「うれしい」という経験だと寺尾氏は指摘しました。コンビニに「うれしい」という経験が売っていたら、もうバカ売れすること間違いなしというわけです。
そうであるならば、商品・サービスの提供者である企業は、この「うれしい」という経験をどう、自分たちの商品サービスに織り込むかということを考え抜くことしかないわけです。
よく考えてみると、後者のような企業がやっていることは、「音楽」や「芸術」におけるアーティストがやっていることそのものです。
事前に世の中が何を求めているかを分析して、その結果によって自分の曲なり絵なりが左右されてしまうようなアーティストはもはやアーティストですらないと思います。
自分が正しいと信じた主張を世の中の全員ではなく、それを心底理解してくれる一部の人に向けて表現することに全力を尽くすというのがアーティストの通常の姿ではないでしょうか。
現在のような、経済的に飽和した社会においては、企業においても、彼らと同じような姿勢が求められるのかもしれないというのが寺尾氏の考えです。
私はその通りだと思いました。
寺尾氏が率いるバルミューダは、世の中にずっと前から存在していた「扇風機」や「トースター」を価格をいかに落とすかというところに「工夫」の力を使うのではなく、自分たちが正しいと信じる今までの商品では体験できなかった、「うれしい」という経験を作り出すところに使っているのです。
それは、扇風機でいえば、自然の風にあたるという「うれしさ」であったり、トースターで言えば、外はパリパリ、中はモチモチというプロの焼き立ての味を家庭で味わうという「うれしさ」を作り出すことです。
そのことが、他社の扇風機やトースターが1500円で売られているところを25000円や35000円といった価格をつけても二か月待ちというような現象を引き起こしているのです。
私は、他人のビジネスをうらやましいと思うことはあまりない方なのですが、今回は久しぶりに心の底から「うらやましい」と思いました。