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国家の品格

2018年8月26日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

前回の記事にて「祖国とは国語」について書きましたが、その際に著者を「あの誰もが知っている『国家の品格』というベストセラーを書かれた数学者藤原正彦氏」という具合にご紹介しました。

とは言え、私自身この本が空前のベストセラーとなったことは知っていましたが、自分はいまだ読んでいないことに気づき、すかさずアマゾンで購入し読むことにしました。

著者は、数学者としてアメリカ留学を経験し、アメリカの論理ファーストの価値観に心酔した後、日本に帰国し、日本の社会に対してその論理性で対抗しようとしましたが、うまくいきませんでした。

いわゆるアメリカかぶれの空回り状態だったと言います。

その後、イギリス留学を経ることによって、アメリカ一辺倒の危険性に気付くという、二周回って「論理」と「情緒」の機微について知ることになりました。

本書は2005年に出版され、その時の世相を「論理」とか「合理」というものだけではやっていけない実例が噴出していることを指摘しています。

その最たるものが、2001年9月11日の「アメリカ同時多発テロ事件」だったわけですが、出版から13年を経過した現在、その実例はリーマンショックや北朝鮮の核問題を含め、論理を最優先させているアメリカを中心に当時とは比較にならないほど目につくようになっています。

本書において、著者は「論理」と「情緒」の機微について以下のように述べています。

「論理とか合理というものが非常に重要なのは言うまでもない。しかし、それだけではやっていけないことは明らかです。共産主義も実力主義もそして、多くの新興宗教だってそれぞれ個別に見れば『論理』は通っています。それでも次第に社会を不安定なものにしていくことになる。つまり、論理だけでは世界をカバーしないのです。どんな時代でも論理を超えて『それだけではやっていけない何か』が必要なのです。それが『情緒』であり『形』です。(大幅に加筆修正)」

つまり、著者が言いたいのはこういうことではないでしょうか。

その民族が培ってきた「情緒」(繊細な感覚)や「形」(伝統)を「論理」の出発点として考えるということです。つまり、順序の問題であり、ベクトルの問題というわけです。

すなわち、論理は重要だが出発点を選択することはそれ以上に決定的だということ。

そして、ベクトルの問題である以上、情緒に欠けるが論理的にバッチリな人というのは、「最悪」だということになります。

ヒトラーしかり、オウム真理教しかりです。

著者が言う「品格のある国家」とは、論理だけで動くことを良しとせず、情緒と形の上に論理を走らせることができる国家ということになります。

二周回った著者だからこそ見出した達観だと思います。