代表ブログ

「事業を行う者」の本懐

2025年9月1日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

本日(2025年9月1日)の読売新聞朝刊の「編集手帳」は事業を行うものとして非常にモヤモヤさせられる内容でした。

記事を要約しようと思ったのですが、今回はすべてが重要部分と思われますので、以下そのまま引用します。

グリコのお菓子のおまけ係お務めていた宮本順三さんが著書で、仕事にかける思いを述べている。< 明日に数百万の子供の手に渡るので、単なる営利の仕事ではない>(『ぼくは豆玩(おまけ)』いんでる社) 子供たちに笑顔を届けているという矜持が伝わるくだりである。残念なことに、子供たちをがっかりさせる『おまけ騒動』が起こった。 日本マクドナルドが人気キャラクターのおもちゃをつけたメニュー『ハッピーセット』のシリーズ中断を余儀なくされた。 「購入した商品を高値で売りさばく『転売ヤ―』の一部は『当てのカードだけを手に取り、大量の食品を道端に廃棄する行為に及んだ。その光景は、子供たちにも見せられないものだった』 。グリコの創業者である江崎利一さんは、『食べる』と並んで『遊ぶ』を子供たちの天職と表現し、お菓子におもちゃをつけて販売することの意義を説いた。 いつの時代であっても、大人がその天職を支える役割を担うことに変わりはないはずだ。< 日本の子供たちは幸福である。>宮本さんが残した言葉は通用しなくなってしまったのか。もやもやした気分が募る。

このモヤモヤはどこから来るのかを考えました。

もちろん、この記事のように「子供たちに笑顔を届けているという矜持」がグリコにはあったけれどもマクドナルドにはなく、ただ売れればいいのだという企業としての欲求を全面に押し出し、「転売ヤ―」対策を怠ったことで、このキャンペーンを「子供たちにも見せられないもの」にしてしまったという企業倫理の観点からくるということもあります。

ただ、私のモヤモヤは、それ以上に「事業(その商材を扱っている)を行う者」として本懐(心の持ちよう)の観点からくるモヤモヤなのではないかと思えてきました。

私たちが子供のころにもおまけ欲しさに大量に購入して本来の商品である食品を廃棄してしまうという似たようなロッテの「ビックリマン騒動」がありました。

私ももれなくそのブームに踊った一人でした(もちろん限られたお小遣いから買っていましたので廃棄するような余裕はありませんでした)が、このロッテとマクドナルドにはかなり大きな違いがあります。

それは、ロッテが本来の商品であるチョコもおまけのシールもどちらも自社で企画製造していた商品だったのに対し、マクドナルドのおまけは、「ポケモン」という他社の商品の人気に頼っているということです。

なぜ同社がこの売り上げがおまけ目的のものであると明らかになった時点で、それを問題視し、自らの商品の魅力を中心とした商品開発に舵を切ることをしないのか。

もちろん、グリコの「『食べる』と並んで『遊ぶ』を子供たちの天職」とした、お菓子におもちゃをつけて販売することの意義は十分に理解できる理屈です。

ならば、少なくともそれをロッテのように自ら開発し、その魅力と商品としての食品自体の魅力のバランスを考えるのが、本来の「事業を行う者」の本懐なのではないでしょうか。

マクドナルドという歴史も能力もある会社だったらそれは十分に可能だと思うのですが、いかがでしょうか?

 

◆この記事をチェックした方はこれらの記事もチェックしています◆