
年齢を重ねてからの外国語学習について
2025年9月21日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。
前回に引き続き、村上春樹氏のエッセイ「やがて哀しき外国語」よりテーマをいただいて書きたいと思います。
ランゲッジ・ヴィレッジは、設立当初からシニアのお客様にご利用いただき、設立当初の無名時代を救っていただいたという恩義を決して忘れないようにしています。(「メディア取材実績(LVの歴史)」参照のこと)
当初はもちろん、「文法講座」は存在していませんでしたので、基本的には若いころに英語を使っていたけど錆びついた英語を復活させたいなど、中級以上のご利用が比較的多かったのですが、「文法講座」創設以降、特に「快速5泊コース」は、英語知識ほぼゼロからスタートのコースにも関わらずシニア層にもご利用いただくことがあり、その好奇心と忍耐力にはただただ感心させられることしきりです。
本書では、著者ご自身が年齢を重ねてからスペイン語を学習する際に感じたその「大変さ」について語っているのですが、毎年ノーベル文学賞の候補に挙げられるほどの高名な作家でありながらも、その大変さと格闘し、その大変さの本質に迫っているという意味で重要な指摘だと思いましたので該当部分を以下に引用します。
「最近では『もう駄目だな。これ以上真剣に語学はできないな』と改めて思うようになった。というか、自分の中における外国語習得の優先順位が年月の経過とともにどんどん低下しているのである。その一番大きな原因はやはり語学の勉強に割くための時間が惜しくなってきたことだろう。若いうちは時間はいくらでもあるし、未知の言語を習得するのだという熱のようなものもある。そこには知的好奇心があり、何かを征服してやろうという昂りがある。新しい種類のコミュニケーションに対する期待もある。一種の知的ゲームでさえある。でも40を越して、この先どれくらいの有効年月が自分のために残されているのかということがそろそろ気になってくると、スペイン語やトルコ語の動詞活用をやみくもに覚えたりするよりは、自分にとってもっと切実に必要な作業があるのではないかという気持ちが先に立ってくる。そしてそういうことが気になりだすと、語学の勉強というのはなかなかできない。今回スペイン語を学んでいて、僕が切実に感じたのはそういうことだった。もちろん、年を取って知的集中力の絶対量が限られてきたということはあるだろうが、やはりごく単純に時間の総量が足りなくなってきたという方が大きいと僕は思う。簡単に言えば、『そんなに何もかもはできない』ということである。僕が優先順位というのはそういう意味だ。」
著者の「40を越して、この先どれくらいの有効年月が自分のために残されているのか」という言葉に強烈なショックを受けつつも(笑)、確かにこの「優先順位」という指摘にはかなりの説得力があるなと思いました。
おそらく日本におけるもっとも有名な作家の一人である著者におかれましては、その「優先順位」がかなり低くなるだろうことは容易に想像できますし、一般論として十分に理解ができます。
ですが、英語教育を生業にしている私の個人的な視点から言えば、世の中の少なくない割合の人々にとって「外国語学習」がその限られた知的集中力の絶対量を投入してもよいと思われるほど優先順位が高い対象になりうるはずなのです!
実際、それくらい「外国語学習」には人を引き付ける魅力があるし、私もその魅力にとらわれた一人だからです。
ですから、やはりそれは著者の言う通りあくまでも「優先順位」の問題であって、「年齢」の問題とすべきものではないのです!!!
このような解釈を聞けば、そして(著者に言わせれば)40を超えれば、、、ということならばなおさら、ランゲッジ・ヴィレッジへお越しになるすべてのシニアの皆さまに心からの敬意と感謝を表せざるを得なくなりました。
そして、私も負けじと生涯学び続ける姿勢を大切にしたいと思いました。
最後に、著者がそのような「大変さ」を十分に経験されたうえで見出された「外国人に外国語で自分の気持ちを正確に伝える3つのコツ」をご披露されていましたので、最後にそちらをご紹介してこの記事を締めます。
(1)自分が何を言いたいのかということをまず自分がはっきりと把握すること。そしてそのポイントをなるべく早い機会にまず短い言葉で明確にすること。
(2)自分がきちんと理解しているシンプルな言葉で語ること。難しい言葉、かっこいい言葉、思わせぶりな言葉は不必要である。
(3)大事な部分はできるだけパラフレーズする(言い換える)こと。ゆっくりと喋ること。できれば比喩を入れること。
うん、激しく同意です。









