
思い込みを取り除く
2025年11月9日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。
本日(2025年11月9日)のクーリエ・ジャポンのウェブ記事に非常に興味深い記事がありましたのでご紹介します。
それはなんと「高齢者たちが健康すぎて、高齢化による経済への悪影響を打ち消している」という驚きのタイトルの記事でした。
今の日本にとって最大の社会問題であり、人口構成というその解決が非常に困難な性質を持つ「少子高齢化国家」の絶望的な未来予想図に大きな希望の光が差すようなテーマでした。
以下に重要部分を要約引用します。
「経済学者たちは、高齢化が必ずしも経済の足かせにはならないという考えを受け入れはじめている。1980年以降、OECD加盟国では、高齢者への支出と医療費(圧倒的に高齢者に集中)がGDP比で約5%増加しており、これは他の社会保障費の増加幅の2倍にあたる。こうした資源移転の増大を不可避とみる向きもある。しかし経済学者たちは、高齢化は必ずしも根本的な経済の足かせにはならないという考えを受け入れはじめている。なぜなら、高齢者が昔よりも長く生産的に働き、長生きし、富を蓄積しているからだ。ゴールドマン・サックスのエコノミストが2025年に発表した論文によると、社会の高齢化が進むなかでも、先進国の総人口に占める就業者の割合は2000年以降、わずかに上昇している。その結果、近年の高齢化社会は、被扶養者1人あたりの労働者数が、減少するどころかむしろ増加している。さらに、高齢者の生産性も向上している。IMFの分析によれば、2022年時点の70歳の認知能力は、2000年時点の53歳に匹敵するという。50歳以上における認知能力の改善の度合いは非常に大きく、知的能力と所得の関係性に基づけば、就業者の平均所得が30%上昇することを示唆している。健康寿命が延びることは、もうひとつの懸念材料である世界的な出生率低下にも良い影響をもたらす。出生数が死亡数を上回るために必要な合計特殊出生率、つまり人口置換出生率は、一般に女性1人あたり2.1人とされている。だが、仮に平均寿命が、先進国における過去のパターンである年間0.25歳のペースで延びつづけるなら、人口置換出生率は1.6~1.7まで低下すると、ゴールドマンのエコノミストらは試算している。これは、多くの先進国が、移民の存在がなくても、ここ数十年で人口が増加していた可能性を意味する。」
このように、お年寄りはもはや社会のお荷物ではなく、むしろ生産的な存在に変化しつつあるという知見というのは、いままでの少子高齢化の議論では寡聞にして聞かなかったものであり、非常に希望の持てる内容だと純粋に思いました。
そして、それは私たちの実感ともそうそう離れておらず、かなり容易に「思い込みを取り除く」ことができました。
ただし記事は、次のようにも続きます。
「しかしそれでも、高齢化は国家の財政問題となりうる。高齢者が政治的権力を持っているがゆえに。それではなぜ、高齢化は依然として財政問題なのか。それは、高齢者が政治的権力を持っているからだ。彼らは福祉国家の構造改革に抵抗でき、老後がより短く過酷だった時代に定められた給付金額を維持しつつ、恩恵を享受することができる。各国政府は寿命が延びるのに合わせて退職年齢を引き上げる努力をしてきたが、高齢者のための財政支出が増えつづけるという数十年にわたるトレンドに比べれば、それは小手先の修正に過ぎなかった。そして現在、年金を受給し、その額を維持するために投票する高齢者の数が圧倒的に増えている。平均的な男性の退職後の人生は18年に及ぶ。OECDによれば、この期間は今後数十年でさらに長くなる見込みだ。フィンランド、オランダ、ポルトガル、スウェーデンなどの一部の国では、人生における退職後の期間の割合を減らしたくないという理由から、平均寿命の延びに対して退職年齢の引き上げ幅を1対1未満に調整している。(しかしそれはあくまでも一部の国で)多くの国では年金改革が骨抜きにされて、政治は支持獲得のための大盤振る舞い合戦の様相を呈してきたようだ。左派・右派を問わず、1990年頃からその公約が著しく財政拡張的になっていることが判明した。政治的レトリックが拡張主義へ傾けば、その後に財政赤字が拡大する傾向があるのだ。そして、政府が財政危機を回避するために予算の均衡に踏み切る場合、年金と医療費以外の公共サービスが標的となる可能性が高いのだ。支出削減は増税よりも経済への打撃が少ない、というのが多くの証拠が示すところだが、高齢化社会の政治力学がそれを困難にしている。」
これは日本においても非常に分かりやすい形で現実化しています。
参政権者の中での高齢者の割合が圧倒的に高い上に、若者の政治参加意識が低いという現状は上記の状況を圧倒的に加速させています。
元気なお年寄りたちの病院内での「あれ?今日○○さんが病院来ていないけど体調が悪いのかね?」といった会話に代表される「医療」と「憩いの場」の混同がある中で、子供の教育に関する予算が世界的にも低い水準に抑えられているのですから。
上記の記事の中でも、この問題に対する有効な対処法は提示されていませんでしたが、前回の「これは第三の道なのか?」の記事に見たアメリカニューヨークでの若者による政治変革の例を参考にしながら、決定的に少数派である若者層ではあるものの、少なくともその投票率を上げる努力くらいは必要なのではないでしょうか。
この点でも「思い込みを取り除く」ことが重要かと思います。









