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コイサンマン

2017年12月3日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

「コイサンマン」という古い映画を見ました。

1981年製作の映画で当時大ヒットし、続編が1984年まで作られたということで私もすでに小学生だったので覚えていてもおかしくないのに、そのタイトルに記憶が全くありませんでした。

それもそのはず、もともとこの映画のタイトルは「ブッシュマン(藪に住む人)」だったとのこと。当時、どこの小学生も、この映画を見たかどうかにかかわらず、「ブッシュマン」という響きを面白がっていたことを思い出しました。

このタイトル「ブッシュマン(藪に住む人)」は、原始的な生活を送る人を侮蔑する差別的名称であると批判されたため、「コイサンマン」というタイトルに変更されたそうです。

「コイサンマン」は、サン族(映画の主人公の部族)と近隣に住むコイ族の言語が似ている為、両者を併せて「コイサン族」と呼ばれることからつけられたようです。

ストーリーは次のようなものです。

「カラハリ砂漠上空を飛行していた自家用機のパイロットが投げ捨てたコーラの瓶が、サン族の集落の近くに落下した。彼らにとってコーラの瓶は水を運ぶ器にも、楽器にも、なめし皮の模様付けにも使える魔法のような道具だったが、一つしかない便利な道具をめぐって集落の中で見苦しい争いが発生するようになってしまった。平和を愛する主人公カイは、争いの元となるコーラの瓶を誰も二度と手にしないように「地の果て」へ捨てに行く旅に出る。」

この映画は、当時からこのタイトルの問題とともに、内容としても「現代的な生活を初めて体験した民族を笑い者にしている」として、批判の対象となったようです。

今回、この映画を見た私の感想は、タイトルは別にしても「現代的な生活を初めて体験した民族を笑い者にしている」との指摘とは全く逆のものでした。

むしろ、サン族の生活習慣、考え方と現代人のそれとを比較することで、現代社会の矛盾や弱さをあぶりだすものだと感じたのです。

最も、印象的だったのは、サン族にはそもそも「個人所有」という概念が存在しないことによって、非常に平和で幸福な生活を送ることができていたという点です。

サン族は天から与えられた獲物や石など再生可能な「モノ」を部族全員で共有することで争いの全くない、質素ではあるが幸せな生活を何世代にもわたっておくっていたところに、突然再生不可能な「魔法のような」便利な道具が出現したことで、それを個人として所有したいという欲求が生まれ、その欲求が争いと不幸の種となってしまう流れが、非常に巧みに描かれていました。

また、このサン族の素晴らしいところは、一旦そのような問題に気が付いたときに、その「魔法のような」便利な道具が、争いと不幸の種となってしまうことが分かったところで、その便利さを捨てて、かつての平和で幸福な生活に戻る決断をする点です。

この映画では、このサン族の視点から、現代人の抱える便利さと不幸という矛盾をあぶりだし、それを滑稽に描くという点で、この映画への批判はまったく当たらないと言うのが私の感想でした。

この映画に限らず、タイトルや取り上げる題材だけを捉えて、差別的だという批判がなされることが多いですが、その内容にまでもしっかり踏み込んだうえで、なされなければ単なる言葉狩りとなり、それこそが差別的な言動となり得るということを感じさせられる映画でした。