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「ネットでニュース問題」の本質

2016年12月21日 CATEGORY - 代表ブログ

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皆さん、こんにちは。

先日(2016年12月18日)のネットニュースに、「ネットニュースの閲覧割合が、新聞朝刊閲読割合に並ぶ」という以下のような記事を紹介していました。

「ネットニュースを見る人の割合(閲覧率)は年々高まっており、2010年度の57.1%から今回は69.6%まで上昇した。一方、新聞朝刊を読む人の割合(閲読率)は10年度の82.9%から今回70.4%まで低下した。10年度に25.8ポイントあった双方の差は、6年間でわずか0.8ポイントにまで縮まったことになる。」

この記事の中では、昨今のキュレーションメディアの問題もあって、記事の信頼性や著作権の問題を主に取り上げています。

しかしながら、私はこの問題の本質は、もっと根本的なところにあると思っています。

それは、取材のコストを誰が負担するのかという問題です。

ネットでニュースを見る人のほとんどは、ヤフーニュースに代表されるニュースポータルから見ることになると思いますが、これらは単に、新聞社やテレビ局などが運営するサイトの記事へのリンクをしているだけです。

つまり、ヤフーに世の中の出来事を取材する仕組みはなく、すべて新聞社やテレビ局などがその仕組みを担っており、そのコストは、すべて新聞の購読者の購読料やテレビ局のスポンサーによる広告料収入で賄われています。

ですから、これらの購読割合が減って、それをただリンクしているだけのポータルサイトの閲覧割合が増えるということは、すなわちこのコストの負担する仕組みが将来的に破綻しかねないことを意味します。

もちろん、新聞社側もデジタル媒体にて、無料で提供する軽い情報と有料で提供する詳細情報とを区別し、ポータルサイトで見られるものを無料部分に限定してはいます。

ただ、大部分の閲覧者がその無料部分で満足してしまい、有料会員へ移行するモチベーションを高めることに苦戦しているようで、新聞の購読収入に変わる収益源となるには程遠い状況だと思います。

現在の「ネットニュースの閲覧割合が、新聞朝刊閲読割合に並ぶ」という現象は、このような取材に対するコストを後者が負担しているという事実を無視した動きです。つまり、ネットニュース閲覧者の多くは、ニュースはただで手に入るということになんら疑問を持っていないということです。

であれば、現在の状況は単純に一時的なものであり、近いうちにそのコスト負担の着地点というものを、「ポータル側」「新聞テレビ側」「閲覧側」の三者の間で見出さなければならない時が来るはずです。

現在のテレビのように完全に広告モデルにして、ポータル側が集めた広告費によって、独自の取材体制を整えるのか、それとも新聞テレビの側に素材提供費を支払うのか、それともポータルの仕組みを許さず、ニュースは有料で新聞テレビの側が運営するサイトから入手するものだという仕組みに変えるのか。

いずれにしても、早い段階でその収益コストの問題を解決しなければ、ニュースの品質は低下する一方となり、最終的には、社会の信頼性が崩壊しかねない状況となってしまいます。

この問題は、繰り返しますが、「ポータル側」「新聞テレビ側」「閲覧側」の三者の問題なので、私たち「閲覧側」も当事者としての自覚が必要だと考えます。