世界インフレの謎
2022年12月24日 CATEGORY - 代表ブログ
皆さん、こんにちは。
かなり前に「安いニッポン」という本をご紹介して、ここ30年の間にグローバル経済に参加する多くの国が軒並み適切な率でのインフレを経験してきている中で、日本だけがあらゆるものの価格(賃金も含む)が全く上がらないデフレを経験し続けた結果、現在の「安いニッポン」は決して「サステイナブル」ではないという厳しい現実を確認しました。
今回は日本以外の先進国の「インフレ」のほうに着目した「世界インフレの謎」という本をご紹介したいと思います。
日銀の黒田総裁は「2%のインフレを目指す」としてずっと異次元の金融緩和を行っても一向にデフレ脱却を達成できなかったのにもかかわらず、2022年に入りロシアがウクライナに侵攻したことに端を発したエネルギー不足は、日本の物価をいとも簡単に上げてしまいました。
しかも、賃金が上がらない中での「物価上昇」ですので、これはもう「スタグフレーション」といってもよいのではないかと思います。
このように日本では純粋な「インフレ」というものをもう長く経験していないのですが、日本以外の先進国は1989年(日本のバブル崩壊)以降、過去30年間リーマンショックという例外を除きほぼ一貫して1.5~3.5%の「適度なインフレ」を経験してきましたが、2021年後半からぐんぐんとインフレ率を上げ、現在「7~8%」という明らかな「高インフレ」の状態にあります。
あれだけ「デフレ」が続いた日本をも「物価高」にしてしまったウクライナ戦争ですから、私たち日本人は欧米の「高インフレ」の原因をそのせいにしがちですが、著者はそれを否定(あったとしても7~8%のうちの1.5%程度に過ぎない)した上で、その原因は「新型コロナのパンデミック」にあるとしています。
この「高インフレ」に対して欧米の中央銀行はセオリー通り「金利を上げる」ことをもって対処しようとしているのですが、それはうまくいかない可能性が高いと著者はいいます。
その理由はこの「金利を上げる」というインフレ対策のセオリーが第一次・第二次世界大戦のあとの「高インフレ」対策の経験から編み出されたものであり、今回の「新型コロナのパンデミック」による「高インフレ」はその仕組みが全く違うため、効果に大いに疑問があるからだそうです。
その仕組みの違いというが、「生産設備のダメージ」があるかないかです。
戦争や大災害では、今まで稼働していた生産設備が破壊されることで供給力が低下します。そうすると、戦争が終わって人々が消費を増やそうとしてもその需要に生産が追い付かずに、価格が上がるというのが「高インフレ」のメカニズムです。
しかし、「新型コロナのパンデミック」ではそのような生産設備の破壊はないので、本来であればパンデミックが収まり次第速やかに供給力が回復し、旺盛な需要に対応できるはずで、そうなれば需要と供給はバランスし、インフレは起こりえません。
しかし、「新型コロナのパンデミック」は経済のリモート化という人々の行動変容が一気に進みました。そして、感染状況が改善した後も、リモートに慣れてしまった労働者は店舗・オフィス・工場に戻ることを拒むケースが多くみられており、この現象はグレート・リタイアメント(大退職)と呼ばれています。
つまり、今までの「高インフレ」セオリーが「需要過多」への対処を前提としていた一方で、今回のケースは例えば居酒屋の従業員のコロナへの恐怖心や社会情勢に対して非常に脆弱なこの業界に対する嫌気による「供給過少」にあるためということのようです。
一見すると、「需要過多」と「供給過少」は需給がバランスしないという意味では同じことを言っているように思えますが、前者では金利を上げて需要を抑えることでインフレを抑えながら、破壊された設備を回復するまで調整するというところに政策の意味を見出せるのですが、後者はそもそも設備は十分あるのに「労働者が働きたくない」から動かせないことによる「供給過少」への対処として、金利を上げて需要を下げることで需給バランスを取ることには何の意味も見いだせないわけです。
少なくとも「金利を上げる」ことで経済を失速させることは、十分に賃金が高くても働きたくない人たち(水を飲みたくない馬)を水辺に向かわせるようなことにはつながらないことは確かです。
中央銀行は彼らの気持ちを変えるために何もできそうにないというのが正直なところでしょう。その意味で本当に今回の「世界インフレは謎」のようです。