打ち合わせの本質
2015年4月5日 CATEGORY - 代表ブログ
皆さん、こんにちは。
クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏の「佐藤可士和の打ち合わせ」を読みました。
佐藤氏は、以前の記事 で「日清のカップヌードルミュージアム」の企画者として取り上げましたが、言わずと知れたスーパークリエーターです。その彼が、「打ち合わせ」についての本を書かれたというので、この地味な「打ち合わせ」という代物を一冊の本にしてしまうとはどれだけクリエイティブなんだろうという純粋な好奇心とともに読み始めました。
本書を読んで、やはりさすが佐藤可士和!と思いました。
佐藤氏は、「打ち合わせ」という作業はを、全力で取り組むべき「仕事そのもの」だと言います。ですから、「打ち合わせ」の本質をとらえて、それをより効率的効果的にすることができれば、日本人(に限らず人類)の生産性は飛躍的に高まるはずだということになります。
そこで、特に参考にさせていただきたいと思った2点について今回のブログで取り上げたいと思います。
まず、一点目は、「打ち合わせ」において発言するということは、「言語化」することであり、それは抽象的な意識や概念をことに他ならないと言う考えです。
そもそも、クリエイティブ、すなわち何かを作り出すということは、自らの内なるものを世の中に対して理解させられる形にしなければならないわけです。ですから、まずは、文章として自分の中にあるイメージを搾り出します、そしてその後はそれを軸に他のものともぶつけ合うことで何度も推敲し、よりよいアイデアに仕立て上げていく、これがまさに何かを作り出すことそのものです。
このことが行われる場所がまさに「打ち合わせ」です。
ですから、佐藤氏は、「打ち合わせ」において発言=「言語化」しないということは仕事をしないということだということを認識しなければいけないと訴えているのです。
そして、二点目はその「打ち合わせ」においては素人の目線を大切にしなければならないということです。
佐藤氏は、クライアントとの最初の「打ち合わせ」に参加するに当たり、あえて事前に情報を集めないことを心がけているそうです。一見、クライアントに対して失礼に思えるこの姿勢は、佐藤氏の次の説明から非常に説得力を持つことになります。
「(自動車の販売の広告制作の打ち合わせで、専門的なスペックについて極めてハイレベルな議論が戦わされている場面において、)そもそも自分は何のためにこの仕事をしているのか。車を買ってもらうためです。では、車はどうやって買われるのか。打ち合わせで飛び交っているような専門用語を知っているユーザーは、そもそも広告を見て買わないのではないか?ということを感じ始めたのです。実はそのプロジェクトは、ファミリーカーの広告であり、性能や機能にさほど興味がない人たちにアプローチをしなければいけなかったのです。つまり、僕のような専門用語がよく分からないし、マニアックなことに興味もない人が過度に反応するような広告を作ればいいということに気づいたのでした。(一部加筆修正)」
その業界の情報がわかっていなければいけないのであれば、広告はその技術者たち自身で作るのが一番いいに決まっています。それなのになぜ広告会社にその仕事が依頼されているのかを考えれば本来このことは自明のはずなのです。
クライアントと同じ視点や発想でいいなら外部の人間の存在意義などないのです。本当のクリエイティブはまさにこの素人の感覚を「言語化」することに他ならないのではないか。そのことが行われる唯一の場所が「打ち合わせ」であるという佐藤氏の主張には本当に説得力がありました。
やはり、どの業界でも、最も重要なのは物事の「本質」を掘り下げて仕事をすることなのだと思いました。