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小説を読む効用について

2025年9月18日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

私はこのブログで、「ドン・キホーテ」「私が小説を嫌う理由が分かりました」「こころ」などの記事を書いて自身の小説嫌いについて公にしてきました。

またそのことについて、ほとんどデメリットを感じてきませんでした。

というのも、なぜもっと何かしらの目的に即座に適用できるように要点を絞って論理的なスタイルで物を書こうとしないのか、あえてポイントを外すかのような「まどろっこしさ」を読者側が受け入れる必要性を見いだせてこなかったからです。

ですが、前回取り上げた「孤独に生きよ」において著者の田中慎弥氏は、その「まどろっこしさ」の意味を直球で解説してくれていましたので、以下に該当部分を引用します。

「文学作品とはピンポイントで何かを示すのではない代わりに、世の中の広範な領域に神経をめぐらせています。様々な物事を、複眼的にとらえるコツのようなものをもたらしてくれるのですから、侮れません。文学に限らず、孤独な時間の中で得た思考は、あなたの可能性を広げる。それはあなたの人生の手ごたえとして還元されるはずです。」

つまり、小説(文学作品)は実体験なしに世界を広げてくれて、気たるべき未来のために準備するためのよい教材として機能するということだと捉えました。

これなどは、上記の私の「こころ」の記事において私が書いた以下の気づきとも一致するものかもしれません。

「夏目漱石の『こころ』に関しては、中学時代には非常に退屈で何を言いたいのか全く分からない内容だったという印象以外全くもって記憶がなかったのですが、今回読み直した際には、例えば主人公に対する『先生』の次のような鋭い指摘から、太宰の『道化』に関する一節の記憶と同じレベルでその意味を受け取ることができました。」

それはつまり、私が学生時代から小説嫌いではなく多くの小説を読む習慣をつけていれば、私が今に至るまで実体験として痛い目、苦しい目、哀しい目を見たりしてようやく理解できたことが、その全部とはいわないまでも、同じことを理解するためにそれらのコストを大幅に低減できたのかもしれないという意味です。

もしかしたら、デメリットはゼロだと思ってきたことが、大きなメリットを台無しにしてきたのかもしれません。

というわけで、遅ればせながら、田中慎弥氏の芥川賞受賞作「共喰い」をアマゾンでポチりました。