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日本の大学の本当の問題とは何か

2023年6月25日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

先日、「中国の研究力が世界一に」なったというニュースをご紹介したときに、以前「大学のグローバル化の問題点」という記事を書いて、日本の大学が相対的に世界ランキングを落としているのは、世界ランキングの評価基準が、欧米の基準でなされているからだという理由を指摘したことを思い出しました。

もっと言えば「英語による教育」を前提にしているため、他のアジア諸国と異なり母語である日本語で科学や技術を勉強することができる唯一のアジア国家である日本の大学の評価が低かったとしても必要以上に心配する必要はないという趣旨でまとめていました。

とはいえ、2017年当時はまだ日本トップの東京大学の総合順位は、2016年の12位から1位順位を上げ11位であると同時に、アジア全体ではトップでした。

それから5年の月日が経過し、「2023年版世界大学ランキング」では東京大学は前年の35位から39位に後退しました。

30位近く順位を落としたこともショッキングではありますが、それ以上に2023年版では、中国の精華大学が16位、同北京大学が17位、19位にはシンガポールのシンガポール国立大学、31位に香港大学、36位にシンガポール南洋工科大学が入り、2017年時点では東京大学がアジアでトップだったのが6位となったこと、たった5年でこれだけの劣化を招いたという事実に非常に驚きました。

5年前に一度「必要以上に心配する必要はない」という安心材料を得たとはいえ、ここまでの劣化ぶりを見ると、もう少しこの件について情報を集める必要があると思い、調べましたら以前このブログでもご紹介したオックスフォード大学の苅谷剛彦教授の日経BPによる「インタビュー記事」を見つけましたので以下、重要な部分を要約の上引用します。

◆ 23年版の世界大学ランキングの評価軸の1つに「国際性」があります。上位800校の中に、日本の大学は1校しかありません。国際性が低い理由として何が考えられますか。

(苅谷教授)欧州にある非英語圏の大学では、第2次世界大戦後に英語帝国主義が広がると、英語で教育を始めました。国際的な学生や教員を呼び込むためです。もう1つ、世界の大学は国際化を大学院にシフトしました。例えば私がいるオックスフォード大学では、学部生は8割くらいが英国出身ですが、大学院になると4割弱になります。大学院の方が留学生が多いのです。しかし、日本はそもそも、大学院自体の拡充に失敗しているのです。

◆ なぜ日本は大学院を増やせなかったのでしょうか。

(苅谷教授)企業による雇用の仕組みとして、理工系を除き大学院に行く必要がないからです。日本の大学は入試を難しくすることで「学生の質」を担保してきました。ここで大学の序列がほぼ決まります。そして就職活動で重視されるのは「大学の偏差値ランク」で、その学生が在学中に何をしたかはあまり重視されない。学生に求めるのはいわば「地頭の良さや勤勉さ」であって大学で何を学んだかではない。医学や工学分野など一部を除いて、大学にスキルを教える役割は期待されていませんでした。それなら大学院に行く必要もありません。一方、世界では政治家や官僚、経営者などの高学歴化が起きました。修士号や博士号を持っているのは当たり前になった。ところが日本の雇用制度では修士号を持つ必要がないし、大学で学んだことの中身が問われない。これは社会全体の仕組みの問題で、大学だけを取り出して議論しても解決しないことなのです。

◆ 日本と海外では大学の教育制度も大きく異なりますよね。

(苅谷教授)日本の場合、1科目につき授業が週1回あって、週に10科目以上の授業を受ける場合が多いですね。さらに授業の多くは100人を超える講義形式の授業で、準備も要らず、ノートを取るだけでいい。1科目につき少人数制の授業で指定した大量の文献を読み込んで活発に議論するのが当たり前の欧米の大学を知っている世界の学生たちは、このような日本の大学の仕組みに満足するでしょうか。

◆ 日本の大学だからできることは何だと思いますか。

(苅谷教授)日本語で書かれた知識の質と量は相当なものです。母国語で書かれた学術的な研究や著書の蓄積という点において、欧米以外では日本がダントツです。これから中国に抜かれるかもしれませんが。日本は独特な歴史を持つ国です。第2次世界大戦で敗れるまで富国強兵で近代国家をつくり、それが敗戦で失敗に終わる。その後、1960~70年代に奇跡的な高度成長を遂げ、そしてバブル経済が崩壊して停滞して今に至ります。加えて水俣病などの公害や大震災などの災禍もありました。これらはみなすごい経験です。日本人はきちょうめんだから、何かが起これば日本語で書き残しています。

◆ 日本の大学が海外よりも優れている点はありますか。

(苅谷教授)いっぱいありますよ。他国からみればこんなに安いコストで幅広い知識を多くの学生たちに提供できるのはすごいことです。それに皮肉に聞こえるかもしれませんが、講義形式の授業が多くて、学生の授業の準備負荷が小さいからアルバイトやサークル活動、インターンシップといった社会経験ができます。これはある意味、人格形成や人間関係の構築スキルにつながってきたと思います。オックスフォードではアルバイトをする余裕はまったくありません。日本の大学は人間形成の一翼を担ってきました。もちろん大学が抱える課題と向き合うことも重要だけれども、大学だけ欧米流にしてもだめです。本質的に一番大事なのは企業だと思います。日本の大学は労働市場に従属してきました。だからまず、企業の人事管理や評価の仕組みが変わり、労働市場の仕組みが変わらないといけないのです。

苅谷教授がおっしゃるように、そもそも「英語による評価」にそぐわない日本の大学のランキングの低下を食い止めるために、日本の大学が「講義を英語で行うこと」に何の意味もないことは明らかです。

また、同様に、海外の大学から優秀な学生を奪うために、日本の大学が「講義を英語で行うこと」にも何ら意味がないことも簡単に分かります。

どうせ憂うのであれば、憂いて意味のあることを憂うべきです。

日本は、今まで英語ではなく日本語で大学教育をしてきたのに、そして、他国からみればこんなに安いコストで大学教育をしてきたのにも関わらず、なぜ「アジアで唯一ノーベル賞受賞者を複数輩出できてきたのか。

もしその本質的理由から日本の大学教育が離れてしまっているのであれば、それをこそ憂うべきです。そして、その本質的理由に立ち返ることにこそ意味があるのだと思います。