残酷すぎる幸せとお金の経済学
2024年2月11日 CATEGORY - 代表ブログ
皆さん、こんにちは。
「経済学」という学問分野は、近年その守備範囲を拡大しつつあり、「心理学」と融合することによって「行動経済学」という新しい研究成果がノーベル経済学の対象となったことを、以前にこのブログにて取り上げたこともあります。
ちなみに、「行動経済学」の歴史はおよそ60年と言われているのですが、今回ご紹介する書籍「残酷すぎる幸せとお金の経済学」で取り上げる「幸福の経済学」は、それよりももっと若く、30年の歴史ながら急成長と遂げている分野です。
「行動経済学」は「経済学」+「心理学」ですが、この「幸福の経済学」は「経済学」+「心理学」+「倫理学」であり、行動経済学よりももっと、人間の心の深いところにあるものを研究対象としつつ、それを定量的に把握し分析するというもののようです。
そして、その「定量的に把握する」ための手法は「多くの人にたいするアンケート調査」という何ともアバウトなものだそうです。
ちなみに、日本人の「人生の幸せのどん底」は48.3歳で、男女差、それから既婚未婚、そして子供がいるかどうかも含めた幸せの水準を比べた結果、女性のほうが高く、そして未婚よりも既婚、そして既婚であれば、子供がいるよりもいないほうが高いという結果が、その研究で明らかにされています。
「アンケートなんていう大雑把なものでそんな結果を勝手に導いていいのか!」
と私でなくとも多くの方が思うことは容易に想像できるのですが、そのアンケートの内容については、安全性、有効性、一貫性、多国間の比較可能性という複数の視点から検証済みであり、客観的指標として信頼ができるものと科学的に確認がなされているものだと著者は言います。
このアンケート結果の信頼性の部分は「幸福の経済学」自体の信頼性そのものと言えるほど重要なものだと思いますが、本書ではこの「安全性、有効性、一貫性、多国間の比較可能性の検証」についての説明は非常に簡単に済まされ、ほとんど強制的に正しさを押し付けられた状態で、様々な研究結果を紹介していくというものでしたので、その点についてはちょっと残念だったかなとは思います。
ただ、そこは研究者としての著者を全面的に信頼して、信頼性は所与のものだと仮定して読めばその内容は非常に興味深いものでしたので、その中で最も印象的だった研究結果を取り上げたいと思います。
それは、昨今日本で話題になっている「若者が会社での昇進を望んでいない」という現象についてです。
私たちの世代までは、会社に入るのであれば「昇進」は誰もが望むものであり、「昇給」と同じかそれ以上に絶対的に価値のあるものだという認識をもっていると思います。
そんな世代からするとこの現象は全く理解不能ということになるのですが、本書で明らかにされている研究結果は次の通りです。
「2011年~2020年までの退職前の59歳以下の男性約14,000人、女性約13,000人を分析対象とし、管理職への昇進と幸福度や健康の関係を分析した結果、一つ目は『管理職に昇進しても幸福度は上昇しない』、二つ目は、男女とも昇進によって年収が増加したものの『年収は増えたけど満足していない』、三つめは男性では昇進した1~3年後に、女性では2年後に自己評価による『健康度が悪化した』というものでした。以上の結果をまとめると、『日本では管理職に昇進しても幸福度は上昇しないし、健康状態は悪化する』というもの。その理由として、仕事から得られる報酬と負担が相殺し合っている可能性が考えられます。さらに、働き方改革関連法の施行によって時間外労働の上限規制が強化され、残業がしにくくなっている中、終わらなかった仕事を管理職が引き受けている可能性があります。」
また、本人が管理職に昇進した場合の家族、特にパートナーに対する悪影響についての結果は非常に生々しいもので、次の通りでした。
「妻の就業状態別の夫の幸福度の調査結果ですが、妻の就業状態を①管理職の正社員②非管理職の正社員③非正社員④非就業の四つに分類すると、夫の幸福度は、妻が④非就業、②非管理職の正社員、③非正社員、①管理職の正社員の順に最も低くなっていたのです。つまり、『妻が管理職だと夫の幸福度は最も低い』ということです。逆に、夫の就業状態別の妻の幸福度ですが、①管理職の正社員、②非管理職の正社員、③非正社員、④非就業の順になっています。特に、夫が非就業の場合、幸福度の落ち込みは大きく、『働いていない夫』を持つ妻の苦悩が読み取れます。この結果は、直感的に納得できるものでしょう。」
この二つの視点からの結果を総合的に判断すると、基本的に男性の昇進に関しては、経済的メリットと労働負担増加のデメリットを相殺した結果、その(負担のほうが大きいという)相殺結果を自分自身の判断だけで評価することができる一方で、女性の昇進に関しては、自分自身の判断は純粋に男性のそれと変わらない上に、男性パートナーのそれに対する判断が女性本人の判断よりもずっとマイナスのバイアスがかかっていることで、その分の負担が輪をかけて大きくなり、男女合計の幸福度の落ち込みを大きなものとしている捉えられます。
女性の社会進出が進んだからこそ、このような傾向が強くなったと捉えると、非常に皮肉な結果だと思います。
男女雇用機会均等法のような形式が整ってきたとしても、それでも「大黒柱としての男性」という日本人の心の根底に染みついている考えが、まだまだぬぐい切れていないことから、経済的メリットと労働負担増加のデメリットを相殺を歪なものにしてしまっていると言えるのかもしれません。
このことから、「幸福の経済学」自体の信頼性についての確信は完全に得られたとは言えないまでも、このように「計量化」された結果を目の当たりにすることで、私たちの社会の課題を直視するきっかけになることは間違いないと言えると思います。