捏造の科学者 STAP細胞事件
2022年12月11日 CATEGORY - 代表ブログ
皆さん、こんにちは。
前回、「一見理不尽に見える学術論文の世界」という記事を書いて、科学技術の世界における「学術雑誌」が担っている「数多くの研究者が執筆した論文が本当に価値がある論文かどうか判断するという大いなる責任」の存在を確認することができました。
その責任の重大性を実感できる事例として「STAP細胞事件」を挙げたところで、当時購入した「捏造の科学者 STAP細胞事件」という本がずっと積読状態になっていることに気づき、読んでみることにしました。
まず、この事件は今から10年以上前の2014年に起こったものであり、少々事件そのものについて振り返っておく必要があるかもしれません。
STAP細胞のSTAPとは、刺激惹起性多能性獲得(Simulus Triggered Acquisition of Pluripotency )を意味し、通常の動物の体細胞受精卵から細胞分裂していってそれぞれの組織に分化していった細胞は元の受精卵のような多能性を失ってしまうものですが、分化後の体細胞に弱酸性の刺激を与えることで多能化させることができることを発見したとされたものです。
これは、「生物学の常識をくつがえす大発見」とされ、その研究を主導したのが小保方晴子という若干30歳の女性研究者だったことから発表当初過剰な報道が繰り広げられ、一挙に持ち上げられた後、二週間もしないうちに「疑義」が持ち上がり、半年後には「論文撤回」にまで追い込まれたという事件です。
本書はこの事件に関する非常に詳細なドキュメントになっていますが、本記事の目的は「学術雑誌」が担っている「数多くの研究者が執筆した論文が本当に価値がある論文かどうか判断するという大いなる責任」の存在の確認ですので、そのことに限定して本書の情報をまとめたいと思います。
まず、小保方氏は過去三回にわたって一流誌三誌に論文を投稿しましたがいずれも却下されています。
しかもネイチャーには『あなたは過去何百年にわたる細胞生物学の歴史を愚弄している』とまで酷評されたと小保方氏自身が研究発表の場で公にしています。
四回目でようやくネイチャー誌のみに掲載が認められたのですが、本書にはその流れが分かるように、前回の記事で確認した「査読」という工程での査読者のコメントをかなり細かく紹介していました。
たとえば、最初の頃のコメントとしては「結論を支えるデータと説明は非常に推論的で予備的だ」「不明瞭で間違った言葉遣いの文章がたくさんある」など、論文の「作法」的なところでの指摘が多く、それを修正しつつ、また京都大学の笹井教授が論文作成者に加わるなどしてその精度を高めていったことがうかがえます。
実際、最後まで問題点や疑問点の指摘は多数ありながらも最終的には査読者から「改訂版の原稿を是非見たい」「発生生物学やかん細胞生物学の転換を迫る発見」「特筆すべき発見」などだんだんと肯定的な指摘から熱狂的と言ってもよい様な反応に変わっていきました。
とはいえ、もちろん査読者自身が実験をして確かめるということではありませんので、このあたりが「学術誌」の対応の限界であるというべきかもしれません。
そして、今回気づかされたのは、「査読」という工程とともに、雑誌に掲載された後の、科学会からのフィードバックも重要な役割を果たしているということです。
これは論文に対しての批判が出始めたころの論文の共同執筆者である若山教授の言葉です。
「全ての新しい発見はその後一年くらい誰も再現できなくて騒がれるのが当たり前です。小保方さんが5年かけてたどり着いたものの再現を2~3週間でできると思う方がおかしい。」
確かにその通りだと思います。
ただ、今回はこの「発見」が「生物学の常識をくつがえす大発見」とされたこともあり、科学界だけでなくマスコミを含めた社会全体のフィードバックが強く働いたようです。
このように結論的には「学術誌」の役割と責任は限定的でありながらも一定水準以上は果たされているということと、「学術誌」への掲載を契機とするフィードバック機能の存在があることが分かりました。
最後に「論文撤回」の科学的意味合いについて該当部分を引用して終わります。
「論文が撤回されるとその研究成果は白紙となる。ただし、出版社や公的な科学論文のデータベースからは削除されず、撤回時期や理由とともに公開され続ける。このため、論文撤回は研究者にとって避けたい不名誉な対応とされる。」
このように見てきた結果、「学術雑誌」がそれなりのコストを要求することは当り前のことであることが十分に理解できました。