日本人と英語

日本における英語ブームの概観

2025年10月18日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログでご紹介した「英語と明治維新」からテーマをいただいて書いていきますが、第一回目のテーマは日本における「英語ブーム」についてです。

日本においては英語学習は常に「ブーム」になっていると言っても過言ではありません。

「英語はこれからは必須」「英語くらいできなくちゃ」

という言葉は、少なくとも私が物心ついた1980年代からず~と聞かされていることからも明らかです。

ですが同時に、

「英語の前にまずは日本語」「英語だけできる奴は使い物にならない」

などというアンチ英語の声も常に聞こえていることも事実であり、また常に「ブーム」でありながら日本人全体が「英語ができるようになった」という実績を一度も自覚したことがないというのも事実です。

本書には日本における日本人の英語に対する「英語ブーム」の歴史を概観する箇所がありましたのでそちらをざっくり要約したいと思います。

国を挙げての「文明開化」のもとで明治初期には庶民の間にも一大英語ブームが沸き起こった。このころの風俗を風刺した仮名垣魯文(かながきろぶん)の「安愚楽鍋(明治4年)」には牛鍋屋でのこんな会話が書かれている。

「君のところの息(そく=息子)も、早く洋学をまなばせなせえ。方今の形成では、洋学でなけりゃあ、夜はあけねえよ。」

確かに英語の達人 勝俣銓吉郎 も、「明治5~6年の英語の流行と言ったら実にものすごいものであって、そのころの英語習得の通俗本の氾濫がその消息を明らかに伝えている。」と言っている通り、その英語習得の通俗本の刊行数は以下のような推移を辿った。

安政以前:5冊(年平均0.1冊)

安政4年から4年間:9冊(年平均2.3冊)

万延・慶応の9年間:45冊(年平均5.0冊)

明治元年から6年間:217冊(年平均36.2冊)

明治7年から14年間:111冊(年平均7.9冊)

明治初期には英語を学ぶには私塾に通うのが一般的だったが、英学塾が最も多く開設されたのは明治5年で、洋学関係の辞書や文法・会話・発音の解説書が横文字入りの都都逸集なども含め100点以上が出版され、アルファベットの練習帳や絵入りの単語帳なども多く、一部の寺子屋でも英語を教えたという。

ところが、明治7年以降には英語ブームが去り、英語学習書も英語塾も大きく減少した。

次の英語ブームは欧化政策に乗って、明治18年頃から再度英語バブルという言うべきブームが起こったが、明治20年に不平等条約改正交渉が挫折すると、行き過ぎた欧化主義への反動で国粋主義が台頭し、バブルは崩壊、英語学校は閉鎖が相次いだ。

その次は、昭和20年の太平洋戦争敗戦によってアメリカの占領下、アメリカ兵が町中を闊歩し、ラジオの「カムカム英語」などが大流行したものの、やはり数年で熱は冷めた。

このように、明治から太平洋戦争敗戦直後くらいまでは「ブーム」と「しぼみ」を繰り返していたことが分かります。

ですが、私の物心ついた1980年代中頃以降は、「愛憎相半ば」という雰囲気はあれど、ほぼ一切の国際交流が世界的に断たれ、ビジネス雑誌の定番だった英語学習関連記事が書かれなくなった「コロナ禍」を除いて「しぼみ」を実感することはなかったように思います。

日本国全体としてはこの私の感覚は間違っていないとは思いますが、ただ日本人個人個人の感覚としては「ブーム」と「しぼみ」を繰り返し、結果が思うように得られないという経験を実感される方も多いかと思います。

その点に関して、著者も次のように冷徹な分析をされていました。

「まことに日本人は熱しやすく冷めやすい。日常生活で英語を必要としない日本社会では、英語が喋れたらカッコいいという憧れで学び始めても、やがて血のにじむような努力なしには上達しないことを知り、大半が挫折する。」

そこを乗り越えさせるのが私たちの仕事だと改めて気を引き締めさせられました。

 

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