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男と女は別な生物?

2017年7月28日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん。こんにちは。

久しぶりに「うちの女房が買ってくる本」シリーズ。

今回ご紹介するのは、子供向けではなく子供を持つ親、特に父親に向けての教育本「父親ができる最高の子育て」です。

著者は、偏差値が高くても自立できない子供が多い中で「飯が食える大人に育てる」ことを目指す「花まる学習会」という学習塾を主宰する高濱正伸氏です。

本書の主題は「男と女は別な生物である」ということを前提として父親は母親に接するべしというものです。

その前提となる違いとは、具体的には父親が考える「会話」の目的が、何らかの問題を「解決」するためにするものであり、母親が考える目的が、「共感」してもらうためにするものだということのようです。

例えば、母親が「子供がゲームばかりしているので、何とか言ってほしい」と父親に対して言ったとします。私を含めて多くの父親は、「子供を叱ってゲームをやめさせる」という解決策をとろうとし、それによって子供がゲームをやめたら当然母親の目的は達成させられたと考えると思います。

しかし、母親の顔は満足そうではない。

なぜなら、母親の目的は「共感」すなわち、父親に寄り添ってもらうことだからです。

つまり、母親が求めているのは、直接的に父親が一言子供に「ゲームをやめろ」ということではなく、母親に対して、「そうだよな、それは困るよな。言っても聞かない?そんなことばっかりしていたら君が疲れてしまうよね」ということだと言います。

、、、、

まさに、「男と女は別な生物」なのですね。

この違いは、私自身の女房とのやり取りにおいても「なるほど」と思わせられるものです。

ですが、なかなか納得がいかないのです。

なぜならば、この本が「父親ができる最高の子育て」ということで、この違いの克服を父親のほうに多く求めているものだからです。

この生物学的違いを乗り越える責任を父親のほうに求めているのはフェアじゃない!(笑)

と思ってしまうのは私だけでしょうか。

なんとなく、「父親のための」というタイトルの本を買った女房の魂胆が透けて見えるような気がしました。

とはいえ、分かり合えないこの気持ちの原因が、生物学的違いだと指摘されると、妙な納得考えられたことも事実だということを考えると女房の試みもあながち無駄ではなかったということかもしれません。

 

 

 

 

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