TOEICでできること
2018年8月15日 CATEGORY - 日本人と英語
以前に書籍紹介ブログにてご紹介した「TOEIC亡国論」よりいくつかテーマをいただいて書いていきたいと思いますが、今回は、多くの批判を浴びながらも圧倒的なシェアを誇るTOEICの実力についてです。
私はいろいろなところでTOEICに対する評価について以下のように言っています。
「私はなにもTOEICを完全に否定するつもりはありません。ですが、現在のTOEICに対する多くの日本人の接し方は異常だと思います。TOEICはあくまでも机上の試験なのですから、多くの日本人が考えているような『英語がどれだけできるか』を測定する試験ではなく、『どれだけできないか』を測定する試験だと認識する必要があります。ですから、満点を目指してどこまでものめり込むようなことは時間の無駄です。文法と語彙がどれほど身についているかを知るために、『受験テクニック』なしで650点くらいをとることを目指し、そのレベルに達ししたらTOEICは卒業するべきです。」
本書には、まさしく私のこの評価の正当性を高めてくれるような指摘がありましたのでご紹介したいと思います。
まず、TOEICの試験の方式と内容からTOEICがどのような力を測定するのかを詳しく結論付けています。
「具体的にまとめると、次のような結論を導き出せる。
1 TOEICでは、俗語(非公式な場での英語)の力は測れない。
2 TOEICでは、日本語への翻訳能力は全く測れない。
3 TOEICでは、日本語からの英作文の力は全く測れない。
4 TOEICでは、自由作文力(最初から英語で書く作文)もほとんど測れない。
5 TOEICでは、実際の会話力はほとんど測れない。
6 TOEICでは、専門的なレベルの英語力は全く測れない。
逆にでは何が測れるのかと問われれば、
7 TOEICを受ければ、公式な場でのヒアリング、リーディングの力が「だいたい」測れる。
ということになる。つまり、英語の「運用力の基礎となる知識」を測ることはある程度できるが、「実際に運用できるかどうか」は測れないのである。すなわち、TOEICのハイスコアを出した方でも、実際にはあまり話せないケースはありうるが、実際に上手に英語を話す力がある方はまずまずTOEICでハイスコアをとれることが多いということができる。」
まさに、我が意を得たりという気がしました。
私が指摘した、「『英語がどれだけできるか』を測定する試験ではなく、『どれだけできないか』を測定する試験」という表現を、著者の「英語の「運用力の基礎となる知識」を測ることはある程度できるが、「実際に運用できるかどうか」は測れないのである。」という表現によって、まさしくパラフレーズされていることが分かると思います。
その結果、TOEICの効用と限界を一言で言い表すと、
「TOEICのハイスコアを出した方でも、実際にはあまり話せないケースはありうるが、実際に上手に英語を話す力がある方はまずまずTOEICでハイスコアをとれることが多いということができる。」
ということになるのです。
ですから、まさに私が指摘した、
「満点を目指してどこまでものめり込むようなことは時間の無駄です。文法と語彙がどれほど身についているかを知るために、『受験テクニック』なしで650点くらいをとることを目指し、そのレベルに達ししたらTOEICは卒業するべきです。」
ということは、TOEICの本質からするとその存在意義を最も反映した活用方法だと言えると思います。