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大学入試共通試験の記述式導入見送りの見通し

2021年4月12日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

先日(2021年4月2日)、日本の大学受験に関する大きな見通しが以下のように示されたとの記事がありました。

「大学入試の在り方を議論する文部科学省の有識者会議は2日、記述式の出題は大学の個別入試で促す方向でおおむね一致した。大学入学共通テストでの実施は、採点の正確性や公平性といった課題の解決が容易ではなく、現実的ではないとの意見が大勢を占めた。2022年度からの高校の新学習指導要領で学んだ高校生が受ける25年1月以降の共通テストでの記述式導入は断念が濃厚となった。文科省は、新指導要領に対応した出題教科・科目の再編などとともに、今夏までに正式決定する見通し。」

この問題については「英語の民間試験活用」の問題とセットで今までずっとこのブログにおいて追い続けてきましたが、「英語の民間試験活用」については2019年11月に、そしてこの「国語と数学の記述式試験導入」については2019年12月に、「2020年度入試について」は見送ることを発表されていました。

今回は、それを「恒久的」に見送ることの見通しを有識者会議が示したというものです。

しかしながら、この見通しの内容は、問題の本質が分かっている人にとっては当たり前のことでした。にもかかわらず、この記事からは、そうでないことを制度化するとして混乱を招いた人たちの責任については何ら言及されていません。

この問題の本質とは、この短い記事にシンプルに分かりやすく示されている通り、

「採点の正確性や公平性といった課題の解決が容易ではなく、現実的ではない」

ということと、記述試験でなければ測定されない能力については、

「(各個別)大学の個別入試で促す」

ことで十分対応可能であったということです。

そして、後者は実際に今までもその能力を測定するべきと判断していた国立大学では当たり前のこととして行われてきました。

教育という本来専門性が求められる分野において、専門性がないが政治的な力を持つ人たちが特定の意図をもって、本質からずれた制度を作るような動きをし、今回のようにそれが「本質からずれた制度」であると明らかにされた場合には、その責任が厳しく問われなければなりません。

なぜなら、それが問われなければ、このようなことはまた必ず繰り返されるからです。

しかも、この無意味な混乱に巻き込まれた上に、コロナ危機の中で不安に押しつぶされそうになりながら受験に対峙せざるを得なかった2020年度の大学受験生たちが浮かばれません。

当り前のことを当たり前のように制度に落とし込まれる政治をしていただきたいと強く思います。

 

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