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政治力と想像力

2023年3月29日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

岸田総理大臣の就任直後からずっと、どう表現してよいかわからない「違和感」を感じていました。

というのも、岸田首相は、安倍元首相ほど強引ではないし、菅元首相よりも説明力は低くない。

それなのに「聞く力」や「新しい資本主義」など、何か行動をするたびに「?」の感情が湧き上がるのですが、その源泉が何なのかよく分からないことにストレスを感じてきました。

その「違和感」の源泉が何なのか、本日(2023年3月29日)の読売新聞の「編集手帳」の記事を読んでようやく理解することができました。

以下、記事を書き起こします。

「政治家のあいさつをめぐり、通訳がはなはだ困ったという小話がある。アメリカの議員らを前に日本の閣僚が言った。『わが国では、あなた方の国を米国と言います。米は日本の主食でもあり、なかなかご縁が深い』。漢字の分からない外国の人に理解してもらうには、通訳は相当に困難にちがいない。岸田首相がウクライナ訪問にあたって、『必勝しゃもじ』を持参し、ゼレンスキー大統領に贈った。通訳はうまくいったのだろうか。『必勝しゃもじ』は首相の地元であり、世界遺産の厳島神社で知られる広島・宮島の特産品である。ここまでの訳はたやすいとして、その先が心配 になる。日本の主食である米は『飯』といい、しゃもじはそれをすくう道具であります。よって『飯とる』。さらに『敵を召しとる』に掛けて『必勝』の文字を添え、いわば縁起物として戦いに向かう人たちへ贈るものでございます。非道な侵略に苦しむ国民への励ましになればいいけれど、どうだろう。多額の支援のついでだとしても、言葉あそびが戦地にそぐわないような。むしろ、しゃもじのわけが通訳されなかったことを祈る。」

日本では、野党が「ウクライナ国民が多数亡くなっている中での『必勝』のメッセージは不謹慎ではないか」ということで非難をしていますが、岸田首相のウクライナ訪問には、ウクライナを「激励」する目的も含まれているわけですから、私はそのメッセージ自体が不謹慎だとは思いません。

また、仮に岸田首相に通訳を介さずに英語でやり取りをする英語力がなかったとしても政治家としてそれは全く問題のないことであり(だからこそ通訳がついているわけですから)、このことをもって岸田首相の英語に関する知識不足をあげつらいたいわけでもありません。

しかし、英語力がなかったとしても、「日本の主食である米は『飯』といい、しゃもじはそれをすくう道具であります。よって『飯とる』。さらに『敵を召しとる』に掛けて『必勝』の文字を添え、いわば縁起物として戦いに向かう人たちへ贈るものでございます。」というメッセージを通訳になげて、それがゼレンスキー大統領に何か意味のある内容として伝わることはありえないという「想像」は政治家としては必須ではないかと思うのです。

つまり、この「編集手帳」を読んで分かったのは、その「違和感」の源泉が岸田総理の「想像力の欠如」にあるということでした。

記事の冒頭の「アメリカを米国と言う」+「日本の主食は米」だから「縁が深い」というメッセージを大変優秀な通訳者によって、「アメリカを米国と呼ぶ理由が、漢字で書くと『亜米利加(そもそもこちらの説明は英語ではほぼ不可能)』という表記になり、それを省略して「米国」とよんでいるのですが、、、」という前提の説明が挿入可能となったとして、もはやその発言のテンポは完全に崩れ、自らが意図した本来の言いたいことが相手に伝わることはほぼないことを「想像」できれば、その閣僚は日米の縁の深さを伝えるメッセージを別の日本語で表現するでしょう。

政治家に求められる能力は本当に多種多様にわたると思われますが、国民の最大幸福を実現するのが政治だとするとこの「想像力」はその中でも最も重要なもののひとつであるはずです。

私は、この「編集手帳」で指摘されているこのエピソードが、冒頭閣僚と同じく岸田首相にその重要なものが圧倒的に欠けていることの証明になってしまっていると思えて仕方ありません。

 

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