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ナリ検 ある次席検事の挑戦

2022年1月2日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

先日、「無罪請負人」という本をご紹介して、弁護士の側から刑事事件の問題点を明らかにしました。

それを読むと日本の司法制度の問題点をこれでもかというくらいに見せつけられた気がして、この国で生きていくこと自体がリスクの塊のように思えてしまうほどに恐ろしい気持ちになってしまいました。

しかし、一冊の本を読むだけでそれを絶対視してしまうのはよくないと思い、その記事の最後に「検察官の側から書かれた『刑事事件とは何か』についての本を読んでみたい」と書きました。

検察官の立場で書かれた本を探してみると、弁護士と比べるとその存在自体が圧倒的に少なかったのですが、「ナリ検 ある次席検事の挑戦」という一冊の「小説」を見つけ読んでみることにしました。

本書はあくまでも「小説」であり、冒頭で「本書はフィクションである。登場する団体、人物は全て架空である。」という断わり文がありますが、著者である市川寛氏には、主任検事を務めた佐賀市農協背任事件において、「ぶっ殺すぞ!」と被疑者を脅したことを自ら証言し、その後その被告人は無罪となったという過去があります。

その結果、彼は2005年に検察官の職を辞しています。

弘中弁護士が実際に扱った事件を実名でかなり細かく明らかにした上で弁護士の側から刑事事件の問題点を明らかにした前著と比べると、その説得力はおのずと下がってしまうのは仕方がないことかもしれませんが、このような著者の過去を考えるとそれでも有益な一冊であると思いました。

この小説のあらすじは以下の通りです。

「ある地方検察庁が強盗事件の一審での無罪判決に対し、いったんは控訴を決めたものの、ナリ検の次席検事がその流れに抗い、最終的には自らの捜査漏れ、失敗を認めて控訴を断念、無罪を認めるにいたる。」

主人公が次席検事という立場でありながら、控訴を審議する場で被告人に有利な証拠に対して真摯にそして客観的に検討することで、担当検事やその他の検察官らとの激しいやり取りが臨場感たっぷりに描かれています。

検察内部でこのような検討がなされた上で、裁判所に持ち込むということが当たり前になることは日本の司法にとって少なくともメリットにはなってもマイナスになることはあり得ないように思いました。

それから、本書と併せて佐賀市農協背任事件から20年たった今の著者本人の心境を語る記事ものリンクも併せてご紹介したいと思います。

この記事では、著者が当時自分自身が被疑者に対して「ぶっ殺すぞ!」という暴言を吐いて自白を引き出したという事実に対する心からの反省をしつつも、起訴の判断についてはもともと現場の他の検事、副検事、事務官の全員と同様に「不起訴」とすべきだという意見を持っていたにも関わらず、当時の次席検事と検事正が現場の意見を容れず、起訴を強硬に指示したという事実が書かれています。

そして著者は20年たった今でもその二人がなぜそこまで起訴を強硬に指示したかについて理解ができないことに苦しんでいます。

検察は、組織の決定と現場の認識とが食い違った場合にはどこまでいっても組織の決定が優先され、その意図すら20年という歳月を経てさえも明らかにされることがないというすさまじい硬直さが存在している組織であることがこの記事からも明らかになります。

ちなみに「検事をやめて弁護士になった人」をさす「ヤメ検」という言葉は一般的にも知られている言葉だと思いますが、「ナリ検」という言葉には全く聞きおぼえがありませんし、グーグルで検索してもほとんど出てきませんでした。

それもそのはず、これは著者の造語であって、一般的に使われている言葉ではないからです。

というのも、この「ナリ検」とは、その逆に「弁護士をやめて検事になった人」を指すということですが、現実世界にはそのようなキャリアはほぼ存在しないようなのです。

著者が、検察の常識に染まっていない弁護士上がりの次席検事を小説の主人公にして、「絶対に間違うことがない」という検察の無謬性の前提を突き崩すストーリーとしたのは、検察組織が世間一般とは相いれない極端に硬直した存在であることこそが「問題の本質」であると考えているからでしょう。

もともと、司法制度の在り方の問題に対して、弁護士の側からのみならず検察官の側からの見方を見てみることによって中和的な受け止め方ができるようになるのではと期待して読み始めた本だったのですが、実際にはそれとは逆にその問題の深さがより強調される結果になってしまいました。

ここまで来たらせっかくですので、今度は法曹三者の最後の一つである裁判官の側から書かれた「刑事事件とは何か」についての本を読んでみたいと思います。

 

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